第5話 親子より 強い絆の 師弟の縁
「よっぽど腹が減っておったんじゃな、よく食べるわい」
老人の言葉に私は箸を止めた。
「悪いと言ってるんじゃない。食べっぷりが良くて気持ちいいと言う事じゃ」
「あまりに美味くて」
「そうじゃろ、わしは何人もの弟子に食わせてきたんじゃ、当たり前じゃ」
「美味い」
私は美味いとしか言えない自分が恥ずかしくなった。
老人は私を見て目を細めている。
「ところで、入口の看板の酒甕を持つカマキリは気にならんかったかの?」
「酒甕を持つカマキリ?」
「もう察しはついてると思うがここは中国武術の武館じゃ。この武館の門派は酔拳螳螂門と言ってな酔えば酔うほど強くなるの酔拳とカマキリが蝉を捕る姿を套路にした螳螂拳をわしが融合したんじゃよ」
「套路って?」
「武術の型のことを套路と言うんじゃ」
「あっそう。門派を融合ってそんなにすごいことなんかい?」
「すごい事じゃ!もっと驚け」
「別に驚くほどでもないけど」
「そうかい、お前さんは武術に興味がないんじゃな」
「武術などやらなくても十分強いからな俺は」
「なら聞くがなぜ殺されかけている所を老いぼれに助けられた?」
私は沈黙した。
あれから何十年時が経っただろうか…。
こうして誰もいない武館で物思いにふけっていると師匠と出会い命を助けてもらい腹一杯食わせてもらった事を思い出す。
あれから死にものぐるいで稽古に励んだ。
乱暴者だった私は師匠の恩に報いるためにまっとうな人生を送ろうと固く心に誓った。
中国武術には拝師と言う制度がある。
私は師匠と親子よりも強い絆で結ばれる師弟関係となった。
夫婦は一世、親子は二世、師弟は三世と言う言葉がある。
師弟は三回生まれ変わって巡り合うと言われる程、貴重で尊い関係であると言う事だ。
師は69歳でこの世を去った。
私は師匠の創生した酔拳螳螂門の武館を引き継いだ。
私が弟子として稽古していた頃は師匠の武勇に憧れ全香港から入門志願者が引きも切らなかった。
入門してすぐに辞めて行く者もいれば食らいついてくる者もいる。
私は師匠の言いつけで新しく入ってくる者たちの身の回りの世話をよく見た。
あのまばゆいほどの隆盛を極めた武館も私が二代目館長になってから閑古鳥が鳴いている。
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