第22話 汽車の旅

 街でのリーズロッテの服選びから日を置くこと約一ヶ月。


 ジャスティーンの助けを借りて、仕立ての服も揃った頃、何かと理由をつけて帰らないようにしていた実家へ、ついに帰る日がきた。

 その道中はとかくにぎやかで、リーズロッテが重苦しい気持ちに浸る間も無い。


 王都から距離があるということもあり、近くの街までは汽車で向かうことになったのだ。

 メンバーはリーズロッテ(幼女)とジェラさん(青年)に加えて、アーノルドら学校の先輩三人。総勢五名で要人を含むせいか、座席は車両ひとつをまるごと使ったラグジュアリーな個室。壁紙から床の絨毯まで王宮の一室のような内装で、天井には揺れにびくともしないシャンデリアが吊るされている。

 豪奢なカウチソファや見事なビリヤード台、そして広いテーブル。移動中の現在、五人はそのテーブルを囲んでボードゲームの真っ最中であった。


「よぉぉし、俺の勝ちだ。これで絶対勝つ!」


 サイコロを二つ、飴色に輝くテーブルの天板に転がすジェラさん。息を止めて見守るリーズロッテ、マクシミリアン、アーノルド、そしてジャスティーン。

 二つ合わせた合計が六、という比較的小さい数字なのを見てとって、ジャスティーンがフッと鼻で笑う。


「それだと隣のエリアに置いた盗賊が動かないままだねえ、ジェラさん。このターンも資源無し、と。それでどうやって勝つつもりなんだ?」

「……くっそぉぉ!!」


 手持ちのカードを握りしめ、ジェラさんが悔しげに呻く。その様子をにこにこと見ながら、ジャスティーンは「アーノルド、サイコロ振りなよ」とひどく上機嫌に言った。

 リーズロッテは、一切言葉を挟めないままじっと固まっていた。


(こ、これが男の方たちの遊び……!)


 プレイヤーは四人。リーズロッテはルールを把握していなかったこともあり、マクシミリアンと並んで座って、手持ちのカードを見せてもらい、説明を受けながら観戦している状態だ。


「これは無人島の開拓者となり、家を建て道路を伸ばし、勝利ポイントを十点獲得したプレイヤーが勝ちとなるゲームです。開拓するためには資源が必要で、家を建てた周辺の地形により、サイコロを振って資源を得ることができます。しかし、エリアによって必ず資源には偏りがでるので、自分の欲しい資源を持っているプレイヤーとうまく交渉して、必要なものを得ていかねばならないのです」


 マクシミリアンの説明はまったく悪くないのだが、リーズロッテは内容を理解するので精一杯。


「プレイヤー同士は争いながらも、協力して資源を融通し合うってことですか?」

「そうですね。反目しあっているだけでは開拓が進みません。最終的に一番の覇者が勝利とはいえ、そこに至るまでは馬鹿しあいと断絶と裏切りが」

「協力してませんよね、それ!」


 実際に戦ったり傷つけ合うことはない「ゲーム」だとわかっていても、全員が真剣勝負なだけに、見ているリーズロッテはひたすらハラハラしっぱなしであった。

 主にジェラさん。

 アーノルドやマクシミリアンはさすがにプレイも紳士的で、露骨な個人狙いなどはしていない、ように見える。

 対称的に、ジェラさんはひたすら攻撃的で、標的と定めたジャスティーンと毎ターンいがみあっていた。ジャスティーンも流せばいいのに、いちいち相手にするから、ヒートアップする一方だ。


「しかし、ジェラさんも魔法を使えばサイコロの目なんかどうにもできるでしょうに、ルールを守っているところは感心してしまいますね」


 ぎゃあぎゃあ言い合う二人が見えていないかのような爽やかさで、マクシミリアンは眼鏡の奥の目を細めて穏やかに微笑んだ。アーノルドはアーノルドで、サイコロを転がして「おっと、資源がたくさん」とのどかな様子でカードの山からカードをひいている。

 リーズロッテは顔を強張らせたまま、笑ってみた。緊張が伝わったのか、アーノルドが手持ちのカードから顔を上げて、ちらっと視線を流してくる。


「リズ、お菓子ならたくさんあるぞ。何が良い?」


 旅に出るにあたり、年相応の姿で出歩くのはまだ慣れないリーズロッテは、十歳前後の姿のままだ。すると、アーノルドは本当に小さな子どもを相手にしている気分になるのか、何くれと気を使ってくれる。

 

「いまはまだ、そこまでお腹空いてなくて」


 答えたところで、ジャスティーンの高笑いとジェラさんの苦悶に満ちた声が響いた。


「勝負あったみたいですね」


 ボードゲームは、ジャスティーン勝利で終了したらしかった。カードを卓にぺしっと投げ出したジェラさんは、猫であったならばさぞ盛大に毛を逆立てているであろうという剣呑な表情でジャスティーンを睨みつけ、呻いている。


(本当に悔しそう……)


 何か声をかけた方が良いのだろうか、と思案するリーズロッテの前で、ジェラさんはざっと立ち上がる。


「次はビリヤードで!」

「いいよ。聖獣なんか敵じゃない。魔法しか取り柄がないのはよくわかった。ゲーム弱っ」

「言ったなお前。次こそは目にものを見せてやる」


 指名されたジャスティーンは、余裕たっぷりに煽りながら席を立った。

 連れ立ってテーブルを離れる二人を見送り、リーズロッテもまた、思わず立ち上がる。このままでは喧嘩してしまうのではないかと。


「もっと楽にしていて、リズ」


 気にしていたようで、アーノルドが穏やかに声をかけてくる。その優しさに感謝しつつ、リーズロッテは軽く首を振った。


「勝負事とか、大勢の遊びに慣れていないだけで、十分楽しませて頂いているんです。汽車に乗るのも初めてですごく楽しいです。これで行き先が実家でなければ、と思いますが。避けてばかりはいられないですから……」


 居心地の悪かった屋敷を思い出すと、どうしても声も表情も陰ってしまう。アーノルドは力強く頷くと「大丈夫、俺がついている」と言った。


「今晩は街場のホテルに宿泊の予定だ。明日は朝から屋敷に向かって、話すことだけ話したらすぐに帰って来よう。一度に溝を埋めようなんて無理しないで、少しずつつで良いから」


 すぐに、マクシミリアンが言い添える。


「日程を今日で組んだのは、ちょうど街ではお祭りの時期だからなんです。リズはシェラザードで夜歩きも慣れてきているかもしれませんが、お祭りは初めてでは? きっと楽しいです」


 二人に気遣われつつ、気分を盛り上げるようなことを言われる。


(暗い顔をしている場合ではないわ)


 リーズロッテは二人に微笑みかけて「ありがとうございます」と言った。

 

 ジェラさんは、離れた位置でジャスティーンと騒いでいたが、話は聞こえていたようで、ビリヤード台の向こう側から声を張り上げてくる。


「祭りか。いいな、リズ。一緒に歩こう。俺、賑やかなのは好きだ」


 顔面凶器の美貌が、溌剌と輝いて見えた。

 聖獣。番猫。彼がいれば悪いことなど何もないような気がしてきて、リーズロッテは唇に笑みを浮かべて頷いてみせた。

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