第21話 ドレスを贈りたい

 公爵邸に服を取り寄せ、穏便な方法で選ぶ手間を省いて、さっさと既製品を買いに行こうという話にしてしまった。

 しかし、いざ出かけるにあたり、最大の問題点が立ちはだかる。


 リーズロッテは、年齢相応の姿に変化してしまえば、出かけるための服がないのだ。

 幼女の姿ならそこは問題がないものの、出先で変化をしてビフォー・アフターを関係者以外に見られるのもまずい。こういった事情から、ジャスティーンは実に真面目な顔で提案をしてきた。


「リズ、簀巻すまきはどう? 古代、とある国の女王が敵の将軍の元へ忍んでいくときに、絨毯に簀巻きにされて荷物として運ばれて相手の部屋まで潜入し、愛し合ったという逸話があってね。つまり、姿を隠して外に出るには、年齢相応の姿にあらかじめ変化をした上で、絨毯で簀巻きが一番」


「ええと……? はい、あの、変化したあとで、絨毯に巻かれれば良いんですか?」


 よくわからないなりにリーズロッテが返答をすると、テーブルから飛び降りたジェラさんがリーズロッテの後ろに回り込み、背後からがばっと両手で肩を抱きしめながら、頭の上でわめいた。


「ありえねえだろ、何言ってんだ。リズにそんな苦しい思いをさせてどうする!! リズには俺のローブを貸すから!! フードかぶっていれば顔も見られないし!!」

「おい、はなせ。苦しがってる。ローブを貸すってことは、顔面凶器は裸で出るの? べつに良いよ。私は隣を歩きたくないけど。いくら顔が良くても裸は無理」


 煽りに煽り返すジャスティーンを見ながら、アーノルドが控えめに提案をする。


「ジェラさん、俺の服なら着れるんじゃないか? 寮には何かしらある。似たような身長体格だよな」

「王子様仕様の、ひらひらのドレスシャツとか吊りズボンとかやめろよ。俺のイメージじゃない」


 即座に言い返したジェラさんは、一張羅のローブで日々過ごしているわりに、着るものには何かしらこだわりがあるらしい。アーノルドは「そこはどうとでもなる」と言った上で、首を傾げながら呟いた。


「そこの二人が連れ立って出て行くというなら、俺もついて行った方が良いんだろうな。婚約者ジャスティーンと謎の男がデートをしていたと噂が立つと、何かと具合が悪い」


 ハラハラと成り行きを見守っていたリーズロッテも、アーノルドの危惧する事態はよくわかる。


(殿下の服を借りた、貴族の青年にしか見えないジェラさんと「公爵令嬢」ジャスティーンが連れ立って出歩いているのは、絶対に良くない。そこにわたくしがいたとしても空気、同行者にも見えないでしょうし……)


 自分のせいで、二人の婚約者生活が破綻するわけにはいかないと、リーズロッテは「この際、わたくしはローブもいりません、簀巻きで良いです……!」と口走ったが、当然のごとくジェラさんに却下をされた。


 こうして、ジェラさんはアーノルドの服を借り、リーズロッテはあらかじめ変化をした上でローブ姿で顔を隠して出ることになった。

 ジャスティーンが、リーズロッテに自分のドレスを貸そうかと言ってくれたので寮の部屋へと向かったものの、合わせてみるまでもなくサイズがまったく違ったので、着られなかった。偽装のために一通り揃えて置いてあるだけの、未使用の下着類は一応借りて身に着けた。



 * * *



 リーズロッテは、同年代の貴族のご令嬢に比べると、服飾関係には格段に弱い自覚がある。


(体は成長が止まっていたから、成長に合わせてドレスを新調する必要がなくて……)


 両親の目は妹のクララに向いてリーズロッテを顧みることはなく、病気ではという噂が広まったせいで、外を出歩くこともなくなった。

 しかも一度仕立てた服は、汚したり大きく穴を開けたりしなければ数年着られていたので、生きていく上で支障はなく、大きな問題にはならなかった。

 結果的に、何年間も同じ服を身に着けていた。


 学院に入るときに、ジャスティーンが手を回してくれたおかげで、その生活は一変して鮮やかなものになった。

 自室のクローゼットには、ずらりと仕立ての良い可愛いドレスが並んでいた。普段遣いの他にも、街歩き用の地味なものから、お呼ばれにも使えそうなフォーマルなものまで一通り揃っていたのだ。しかもジャスティーンは、出先で帽子やアクセサリーなど気に入ったものはリーズロッテの分まで買ってきてくれるので、最近ではずいぶんと持ち物が充実していた。


 それでようやく、リーズロッテは「着飾る」ことがいかに大切か理解しつつあった。それでも、すでに自分は与えられすぎていると思っていたので、このうえ年齢相応のサイズの服も仕立てて欲しい、などと言い出せなかったのである。

 喫緊で必要なのは、間違いなかったというのに。

 それでも、ものには限度があると思う。



「だ~か~ら、リズにはこういう清楚で甘々で可憐なのが絶対に似合う!!」

「可愛いのも買うけど、急に出かけるとき用にフォーマルなのも必要だから、まずは先にきちんとしたドレスから」


 無事に学校を脱出して、既製品とオーダーメイドの高級服飾店に向かった。そこで、見本やカタログを見ながらジェラさんとジャスティーンが火花を散らしている。

 すでに、あれもこれもと言いつけられた店員たちがせっせと服を着せたトルソーや箱を運び込んできて、試着用のスペースにうず高く積まれていた。


 リーズロッテは、「まあなんてお可愛らしいお嬢様」と、来るなり女性店員に着せられた最初の一着、綿モスリンでフリルとレースがたっぷりと装飾に使われたシュミーズ・ドレス姿で、喧々諤々の二人を呆然と見守ることになった。


(アーノルド様の「普段着」の黒シャツに織りの良いベストとズボンのジェラさん、顔面凶器ぶりはそのままだから店員さんたち凍りついていたけど……。それでなくてもアーノルド殿下に、公爵令嬢のジャスティーン、宰相ご子息のマクシミリアンさま)


 メンツが、濃い。

 アーノルドとマクシミリアンは「お構いなく」と、店の従業員的にはどうあっても絶対に無理なことを気軽に言って、ゆったりとソファに座って和やかに会話をしている。

 その二人を差し置き、人間離れした迫力の美貌の青年であるジェラさんが喚いていた。


「スカートは少し短めでも可愛いよな。動きやすいし。ああ、でもリズの足を他の男に見せるわけには……。白いドレスも可愛いけど、透けるかもしれないしスラッシュから下着が見えるのもどうかと思うから、ショート丈のジャケットを合わせると可愛いと思う。絶対に似合う。日焼けも心配だから帽子も合わせて……」


 豪奢なソファに座り、脚と腕を組んで耳を傾けていたジャスティーンは「おい」とそこで水を差す。


「他の男に見せるわけにはってなんだ。なんで自分は別、みたいなこと言った。リズはまだ結婚適齢期でもないんだぞ、邪な目で見るのは何人なんぴとたりとも許さない。老若男女森羅万象万物、邪悪な猫含めすべてだ、絶対に許さない」


 まるで、鉄壁の守護者である。


(わぁ……、しっかり人外にも拒否をつきつけてる。さすが)


 言われたジェラさんはといえば、特に気にした様子もないどころか、聞いてもいなかったらしく女性店員にカタログを差し出し「この空色のドレスも似合うよな? 出してきて?」と至近距離から笑顔で話しかけて、魂を奪っていた。

 そのとき、遠巻きに見ていたアーノルドが、リーズロッテに声をかけてきた。


「そうだ、リズ。話しそびれていたけど、せっかくだから、今度実家に帰るのはどうだ? 心細いなら誰かついていくから、心配しなくて良い。姿のことを伯爵に打ち明けるかどうかはべつに、少し話す機会を持った方が良いんじゃないだろうか」



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