脱出、そして救出

 時間停止を解除した後も、ファーリスたちはしばらく目覚めなかった。わたしが時間を合わせながら魔王城で休息をとっていると、地上が朝になるころになって、ようやくファーリスが目覚める。わたしはジャーミアと交代して、いかにもずっとここにいた風を装って対応した。

「ここは……そうだ、俺はダンジョンの崩落に巻き込まれて……セキラ嬢、お前が俺を回復してくれたんだな」

 わたしはしれっとうなずく。実際に回復させたのはジャーミアなんだけどね。

 ファーリス隊長は残りの騎士たちを起こしながら、わたしに状況の確認をした。もちろん最下層まで行ってきたなんて言わずに、わたしは周辺を調べればわかる情報だけを伝えた。

「そういうわけで、あっちが地上側だと思います。横道の部分には強い魔物が多いので、なるべくこの広い石壁の通路を進んだほうがいいんじゃないでしょうか」

 ちなみに、ここは三十三階層に相当する場所だ。予測していたよりも十階層くらい上だった。どうやら、このダンジョンの魔物はガアシュ火山のダンジョンと比べて、魔物が強めになっているらしい。ただその分、坑道の部分に近づかなければ、魔物と出くわす確率は低くなるので、ただ脱出することだけを考えれば、こちらのほうが楽かもしれない。


 もうすこし経ってほかの騎士たちも目覚めたところで、わたしたちは地上を目指して進みだした。途中、足が魔鉄でできているウサギの魔物や、針が魔鉄製のハリネズミの魔物なんかが現れたけれど、ファーリスたちの活躍によってなんとか倒すことができた。わたしも一応魔法で戦うふりをしていたけれど、威力は絞っていたから、大半はファーリスたちの功績である。

「しかし、魔物たちの体の魔鉄鋼はかなり品質がいいな。その分、戦う分には厄介だけどな。今は何とか弱点をついて戦うことができているが、あの穴の奥にいる全身魔鉄の魔物が出てきたら、逃げるしかないだろう」

 ファーリスが魔鉄ハリネズミのドロップの針を回収しながらつぶやいた。彼の言う通り、ファーリスたちの攻撃ではこの階層の魔物たちの魔鉄にダメージを与えることができない。だから、全身が魔鉄のアリやミミズに襲われたら、おそらく全滅するだろう。実は彼らは結構俊敏なので、逃げることも難しいのだ。

 でも、巣穴に近づかなければ大丈夫なんでしょ、と思うかもしれないけど、全然そんなことはない。頻度は少ないとはいえ、強い魔物たちも主通路の弱い魔物たちを狩りに出てくるのだ。ファーリスたちが無事なのは、単にわたしが対処できる以上の魔物の出現を止めているからにすぎないのである。先にダンジョンの力を手に入れておいて助かった。


 そうして、わたしたちは上に繋がる銀の大扉にたどり着いた。ファーリスが扉を開け、中に入る。ファーリスはゆっくりと辺りを確認して魔物が来ていないことを確認すると、坑道から離れた場所で休憩を始めた。

 わたしが一応周囲の魔物を警戒するふりをしていると、ファーリスが話しかけてきた。

「はあ、生きた心地がしなかったぞ。出てきたのが比較的弱いやつらで、数も多くなかったのが幸いしたな。セキラ嬢は俺たちが気絶している間、あいつらから守ってくれたんだろう?本当に助かった」

 その目を見る限り、どうもわたしが魔鉄の階層の魔物よりも強いということを確信しているようだった。多分、ここまでの道のりでは手を抜いていたことも。わたしはどう答えたものか悩んで、とりあえず嘘はついていない感じでごまかすことにした。

「守ったと言っても、魔物を近づけないように結界を使っただけです。倒したわけではありません」

「それでも、お前がいなかったら俺たちは死んでいただろう。感謝する」

 ファーリスたちは携帯食を口に含み、水筒の水を飲んだところで、休憩を終え出発した。




 このあたりの階層、二十から三十階層部分は、魔法効果のない普通の金銀が採掘できる場所だ。品質はよく、埋蔵量も多いけれど、わざわざこんな秘境にやってきてまで掘り出すほどの価値はない。ファーリスがこのダンジョンの情報を誰かに伝えたとしても、たくさんの人が押し寄せてくることにはならないだろう。ダンジョンコアに成長を続けさせたいわたしとしては、人が集まるとちょっと困るのだ。

 体に金銀を取り込んだ魔物たちは、まだ発見されていない種類のものだけど、その強さはファーリスたちが対処可能なレベルで、さっきまでと違って、こっそり魔物を操る必要はなかった。ファーリスたちは鉱脈部分も多少調べていたけれど、そこの強い魔物とも十分戦えていた。


 途中、袋小路になっている横道を見つけ、そこでまたしばらく休憩をとったファーリスたちは、地上が夜になるころに、上の階層に繋がる大扉にたどり着いた。今度は石造りの扉で、その先の通路の壁は、石ではなくレンガによって作られていた。

「ずいぶん雰囲気が変わったな。とりあえず、まずは周囲の探索を行う。安全な場所を見つけたら、仮眠をとろう」

 ファーリスは、先に進むのではなく、ここで大休憩をとりたいと考えているようだ。魔物は上の階層ほど弱くなっているから、多少無理をしても大扉の先で休んだほうがいいと判断したらしい。その判断は正しいけれど、この階層はちょっと特殊だ。

 というのも、この辺りでは金属鉱石はほとんどとれないのである。坑道は粘土質の壁で構成され、まれに水晶やダイヤモンドが埋まっている。当然、魔物も粘土やガラスを特徴とするものが多く、これまでとは少し勝手が違うのだ。

 ちなみに、このあたりの水晶は品質が低い。見た目はそれほど悪くないのだけど、マナはほとんど蓄えられないのだ。七十階層のあたりにある水晶は、もっと品質がいい。


 ファーリスたちが坑道やメイン通路を調べていると、騎士の一人が声を上げた。

「隊長!ダイヤモンドです!しかも、とても品質が高い!こんなものが見つかるなんて!」

 その騎士のところに近づいてみてみると、その手には小さなダイヤモンドがあった。透明度は高く無色で、すでにきれいにカットされている。でも、それだけだ。

 しかし、ファーリスはそのダイヤモンドを見て、難しい顔をしてつぶやいた。

「こんなものがまだ見つかるとは……このダンジョンは、想像を絶するほどの鉱物の宝庫だな。このことを知れば、各国の貴族たちが私兵を派遣するのが目に見えるようだ。あの魔鉄の階層はともかく、この階層はどうにか採掘できそうだからな」

「えっ?ただのダイヤモンドですよね?そんなに価値があるんですか?」

 わたしはびっくりして尋ねた。というのも、ダイヤモンドは見た目こそきれいだけど、魔力的には実用に耐えないほど質が低い宝石だ。だから当然価値は低いと思っていたけれど、違うのだろうか。

 ファーリスは、わたしの質問に逆に驚いたように答えた。

「まさか知らないのか?ダイヤモンドは宝飾品として各国の貴族や大商人の間で高値で取引されている。これほどの大きさとこの輝き、百万フィダはくだらないだろう」

「でも、宝石なのに魔道具に使えないですよね?」

「装飾品にできるような宝石に魔法効果を付与したアクセサリーなんて、それこそ国家で管理されるものだ。装飾品は装飾品、魔道具は魔道具で別だろう?」

 ファーリスの話によると、魔道具の市場と装飾品の市場は分かれていて、ダイヤモンドは装飾品関係の市場で高値で取引されるそうだ。ここで産出するような美的価値の非常に高いものは、数百万フィダ、つまり平民が一生かけて稼ぐほどの金額で売買されるらしい。そっちのほうは詳しくないから、知らなかった。

 それから、小指の太さほどもなくて、指輪にするにも少し小さいくらいの大きさだけど、一般的には大きいほうに入るらしい。いつもアミナが用意してくれるアクセサリーに慣れすぎたせいで、感覚がマヒしていたようだ。


 そのダイヤモンドが騎士の革袋にしまわれると、再びファーリスたちは坑道の探索を行い、安全に休める場所を探す。わたしは思わぬ事態に冷や汗をかく思いをしていた。

 魔鉄鋼はともかく、それ以前の階層には魔力的に高級な資源はない。だから、わざわざ危険を冒してまでこのダンジョンにやってくるような人間は、一攫千金狙いの無謀な冒険者くらいだと思っていたのだ。しかし、美的価値だけでも組織的に攻略を行う価値があるらしい。それは困る。

 解決策としては、ひとつにはまれに強力な魔物をスポーンさせるというものはあるだろう。しかし、そもそも山脈越えや金竜の脅威を前提にしている相手だ。下手したら死人を増やすだけに終わるかもしれない。

 そこでわたしは、第二のプラン、すなわち、人間が採掘にやってくることを前提にして、ダンジョンの上層部を作り直すことにした。ファーリスたちが交代で仮眠をとっているあいだに、わたしはひっそりとダンジョンのありかたを変更していった。




「昨日よりも、通路の敵が増えている気がするな」

 ファーリスのつぶやきに、わたしは心の中で正解の声をだす。

 わたしが施した変更は二つだ。まず、水晶やダイヤモンドの生成を減らし、代わりに魔物の数を増やした。こうすることでやってくる人たちの障害になるし、それに魔物が倒される分のバランスがとれる。生態系が変わって通路にも強い魔物が現れやすくなったけど、些細なことだろう。

「それに、ダイヤモンドや水晶のグレードが明らかに下がった」

 そして、特にメイン通路の近くに生成されるダイヤモンドなどの美的価値を、わざと落とした。ダンジョンのマナのバランス的に、質を落とすのも難しいのだけど、それでも質の高いものを複雑に入り組んだ坑道の奥のほうに生成されるようにして、さらに、通路の付近にはそれらを傷つける魔物が生まれるようにした。こうするとどんどん奥のほうに質の高い鉱石が溜まっていくのだけど、金の亡者たちが多少持っていくだろうから、バランスはとれるだろう。


 そういうわけで仕様が若干変わったダンジョンだけど、魔物が多少増えたくらいではファーリスたちにとってさほど問題にはならず、昨日とあまり変わらないペースで鉄の大扉にたどり着いた。

 その先は、岩肌が露出している、普通の洞窟のような場所である。とはいえ基本的な構造は変わっておらず、魔物の傾向も下の階層と同様だ。採掘できるのは鉄鉱石や銅鉱石である。一応、魔物のドロップによって得られる精錬済みの鋼や青銅などは高品質ではあるものの、こんなところで集めるくらいなら普通に職人に頼んだほうが早い。

 それゆえこの部分の採掘はほとんど行われないことが予測されるので、魔物を増やすだけにとどめた。まあ、行きのときよりは魔物も強かったけど、さすがにファーリスたちの相手ではなかった。




 こうしてダンジョンを上っていたわたしたちは、とうとう出口の洞穴へとたどり着いた。来た時と違って、もはや壁に金は付着していない。

「おお、出口だ!」

 ファーリスが歓喜の声を上げた。入った場所と同じ場所。すなわち、ようやくこの未知の新しいダンジョンを抜け出せたということだ。しかし、すでに日は暮れかけていて、完全に暗くなる前に拠点に戻るべきだろう。

 ファーリスたちは、急いで来たときと同じ道をたどり、金竜の住処だった場所を離れ、拠点へと向かった。しかし、テントの並ぶ拠点に到着するところで、拠点から出てきた聖女ムナーファカによって止められてしまう。

 ムナーファカは、九死に一生を得て戻ってきた満身創痍のファーリスに対し、八つ当たりのように怒鳴り散らした。

「ファーリス、遅いですわ!あなたがいないせいでわたくしの勇者たちが何人も倒れて、目覚めなくなってしまったのですわ。それに、まだ見つからない勇者だっていますの。どうしてくれるのかしら!?」

「ムナーファカ様、何があったのか説明してください!それではわかりません!」

 ファーリスが当然の答えを返しても、ムナーファカは全く何があったのかを話さない。見るに見かねてか、拠点にいた騎士の一人がファーリスに説明した。


 わたしやファーリスがダンジョンの崩落に巻き込まれたころ、先に逃げていたムナーファカたちはダンジョンに棲む魔物たちに一斉に襲われた。それまでは横穴の魔物が攻撃してくることはなかったのに、突然すべての魔物が通路に飛び出してきたそうだ。ダンジョンの外に出れば安全だろうと考えて必死に出口を目指したムナーファカたちだったが、魔物はダンジョンの外にまで追いかけてきた。

 安堵していたところを襲われて、パニックになったそうだ。勇者たちはバラバラに逃げ出し、収拾がつかない事態に陥ったので、騎士たちはひとまずムナーファカを連れて拠点まで戻った。

 ところが、ムナーファカは勇者たちを助けなかった騎士たちに怒り出したのだ。あわてて散り散りになった勇者たちの捜索を行ったけれど、その多くは意識のない状態で見つかり、数人は今も行方が分からないそうだ。ムナーファカは「ファーリスが魔物を倒さなかったせいですわ!」と責任転嫁をして、今に至るというわけだ。


 わたしは、説明してくれた騎士の人にお願いする。

「あの、意識の戻らない人たちの様子を見せてもらってもいいですか?」

 騎士は訝しみながらも許可を出してくれて、わたしをあるテントのところまで連れて行った。気になったのか、ファーリスも一緒だ。

 わたしは、意識のないまま寝かされている勇者のペンダントをに触って、呪文を唱える。

「イルガー」

 すると、勇者はゆっくりと目を開け、わき腹を押さえて苦しみだした。「痛い、痛い」と叫んでいる。

 その光景を見たファーリスは、わたしに尋ねる。

「セキラ嬢、これはどういうことだ?」

「魔道具に仕込んでおいた隠し効果ですよ。使う機会がなければよかったのですが」

 わたしは騎士たちに説明をする。金竜との戦いに備えて、わたしは制作した魔道具に様々な隠し魔法陣を準備しておいたのだと。

 これはそのうちのひとつで、意識が飛ぶような激しいダメージを受けた時、強制的に意識を失わせながら傷を回復する効果だ。光属性の上級魔法なので、魔王城の素材がなければ作れないけど、これは秘密だ。

「しかし、なぜ気を失わせる必要があったんだ?回復だけじゃダメなのか?」

 ファーリスの質問に、わたしは表向きの回答を返す。

「そうしないと、痛みで声を上げてしまうじゃないですか。その人みたいに」

 ドラゴンは基本的に死体蹴りのようなことはしないけど、耳障りな叫び声がすればそれを止めるための攻撃をすることはある。そういう理由で、ドラゴンに襲われそうになったときは死んだふりが有効だと言われている。だから、強制死んだふり機能を付けたのだと説明すると、ファーリスは納得した。

 本当のところは、気絶しているほうがなにかとやりやすいし、それに場合によってはこの機能を強制的に発動して、安全に意識を奪えるように準備した保険なのだが。


 そういうわけで、意識のない勇者たちの魔法陣を解除すると、わたしは拠点の外に向かった。ファーリスやムナーファカには、勇者を探してくると伝えておいた。

 わたしは、拠点から見えない場所まで離れると、さっと転移して、残りの勇者たちが眠る場所へと移動した。

「まさか、一瞬でダンジョンを作り替えてしまうとはな。本当に末恐ろしいぞ」

 そこには、気絶した勇者たちを守るように、あの金竜が伏せていた。その横には、邪魔にならないように控えているジュルディの姿があった。




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