帰還
今、わたしは金竜の前にいて、間には勇者が気絶している。そしてその横にはジュルディが控えている。どうしてこんな状況になっているのかといえば、じつはわたしにも半分くらいしかわかっていない。
そもそも、以前のダンジョンの魔物たちがダンジョンから追い出されたことは、わたしがダンジョンコアとつながったときに理解した。半分ほどの魔物は新しいダンジョンコアの力を受け入れて姿を変えたけれど、残りの魔物は新しいコアとつながることを拒否し、地上へと逃げ出したわけである。
まあ、実際はダンジョンコアは地上部分も支配できるので、わたしが力を振るえるようになった瞬間、地上でなにが起こっているのかはなんとなくわかった。助けてもよかったのだけど、変なことをするとファーリスに感づかれる可能性があった。そこで、ジュルディに丸投げして、金竜や勇者関係のもろもろを処理してもらったのだ。だから、細かいところはわたしもよくわからない。
わたしがジュルディに説明を求めると、ジュルディは淡々と答える。
「まず、金竜には新しい寝床を与えました。マスターはダンジョンに人間を入れることを計画していますから、ダンジョン内に寝床があるのは不便でしょう。マスターのお力をお借りするほどでもなかったので、私が作っておきました」
この場所がそうである。普通にダンジョン三階層分くらいはあるし、壁画なんかもあったりするけど、ジュルディにとってはどうということもないのだろう。
「次に、倒れていた人間の保護ですが、ここに連れてきたのは命の危機にあった者です。ほかは放置しても死なない状態だったので、人間に任せました」
「そうなの?命の危機にあったようには見えないけど」
「マスターの魔道具の効果を強化して対応しました。回復魔法を使えればよかったのですが、不得意ですから」
なるほど。たしかにジュルディは純粋な土属性の魔石ゴーレムだから、光属性の回復魔法はかなり扱いづらい。一応、わたしの力をすこしだけ混ぜておいたから、回復魔法を使うことだけはできるけど、そうすると勇者たちが意識を取り戻してしまう。それよりは魔法金属の力を使い、魔道具の性能を強化したほうが安全だ。なんせ、強制気絶効果があるのだから。
「最後に、マスターにお願いがあります。金竜はダンジョンに帰属することを望んでいます。配下に加えて差し上げてください」
「いいの?」
ダンジョンに帰属するということは、ダンジョンコアによって生殺与奪の権を管理されることに他ならない。メリットがないわけではないけど、自由にこの地を離れることもできなくなる。本当にいいのだろうか?
わたしが尋ねると、金竜は当然の顔でうなずいた。
「我はお前の配下として生きると決めた。だから、その証が欲しいのだ」
正直気は進まないけど、命令するのにそっちのほうが楽なのは事実なので、金竜をダンジョンの魔物にした。ついでにこの寝床も離れ小島のダンジョンみたいにして、自動で修復されるようにしておいた。ちょっとした餞別である。
わたしはいろいろ頑張ってくれたジュルディにお礼を言うと、金竜に話を聞いてみることにした。いちおう、ずっと昔から生きてきた存在だから、貴重な知識を持っているかもしれないと思ったのだ。
「金竜さんは聖女とか光属性の魔法について、どのくらい知ってるの?」
「我はずっとこの場所にいたから、人間の事情などよくわからん。光の属性も持っていないから、そちらも大したことは知らん」
「そっか、ダメか」
「だが、我は一度だけ勇者と戦ったことがある。あれはすごかった。大地から針を突き刺しても死なず、剣は我の鱗を切り裂き、この顔に傷をつけたのだからな。とても人間とは思えない強さだった。まあ、最後は我が勝ったが」
へー、やっぱり勇者って本来はすごいんだね。あれ?じゃあここに倒れている勇者()は?もしかして、ムナーファカって偽物聖女?
わたしがそう思っていると、金竜も同じことを考えていたように言う。
「ファーリスと言ったか?あの男はともかく、それ以外のやつらに勇者の資格があるとは思えん。ましてや、あのムナーファカとかいう娘が聖女だなど、笑止千万」
そうなると、どこかに本物の聖女が隠れているんだろうな。そう思いながら、わたしは気絶している人たちを連れて拠点の近くに転移した。
そのまま彼らの目を覚まし、ムナーファカ一行が無事一人も欠けずに済んだところで、この金竜の住処、もとい鉱山のダンジョンの地を離れることになったのだった。
*********
「魔王城の探索、でございますか?」
聖女の遠征が終わり、学園に戻ったわたしは、今、魔王城の温泉の一つでゆっくり疲れを癒していた。かなりいろいろとありすぎたので、少しは気分転換がしたくなったのだ。
わたしは、大河とその支流によって恵みをもたらされている平原と、その平原に蠢く無数の魔物たちを眺めながらつぶやく。
「ほら、魔王城ってとても広いし、わたしの知らない場所もたくさんあるでしょ?そういうところも見てみたいなって」
この温泉もそうだ。背の低い火山の頂上に作られたこの温泉は、どの方角を見ても絶景で、しかも、浴槽も心地よい香りのする木を使って作られていて、わたしが一番楽な体勢を自然にとれるようになっている。鳥の魔物の鳴き声が調和して心地よい音楽を作り出していて、わたしは極楽についうとうとしそうになる。
魔王城には、こういう場所が数えきれないほどあるのだ。わたしの興味を満たし、またわたしの心を癒し、またわたしの退屈を紛らせる、そんな場所。温泉だけでも、日替わりで入っても毎回違う場所があるほどで、そのバリエーションが尽きることはない。
アミナがわたしの髪を丁寧にすすいでいく。かつては手入れされていなくてぼさぼさだったわたしの髪は、今や女神のごときつやと滑らかさを持っている。やっぱり、アミナは最高の従者だと思う。わたしの何気ない生活のひとつひとつの欠片を、心が弾む体験に変えてくれる。
今も、わたしがちょっとした願望を伝えただけで、ぴったりした提案をしてくれる。
「でしたら、眷属の城を視察するのはいかがでしょうか。瘴気が溜まった影響で、魔物たちが暮らす城下町も新たに生まれていますから」
「そうなの?前は街なんてなかったのに。成長しているのかな?」
わたしはそう言って、天までそびえたつ本城を眺める。枝が伸びるように、その領域が拡大しているこの城は、すべてが魔王たるわたしに捧げられたこの異空間の象徴だ。その本城から広がるように雲のようにかかる瘴気は、日に日にその厚みを増している。この魔王城は際限なく拡大し、成長し、力を蓄えている。
わたしは、お風呂を出て、転移の扉で寝室に案内される。今日の寝室はかわいいぬいぐるみがたくさん並んだピンク色の部屋で、ベッドにはもふもふのイタチの抱き枕が用意されていた。甘くてふわふわの心地よさに、今日もわたしはすやすや眠りに落ちるのだった。
翌日、といっても魔王城では時間が進まないのだけど、わたしはまずアミナの城を訪れていた。アミナはまず、城の中をいろいろと見せてくれた。
アミナの城は、従者らしく質素な作りの建物だった。とはいっても、天井や壁には落ち着いた色合いながら絵が描かれていたし、調度品も高級感がある。魔王城基準では控えめなのだろうけど、常識的には歴史的な大国の城に匹敵するグレードだろう。
特徴的な点として、キッチンが広くて豪華だった。剣士の決闘場何個分もの広さがあって、さすがに使いきれないだろうとアミナに言ったら、アミナはぱぱっと黒い影の分身を何百体も生み出して、同時に一気に調理を行っていた。朝ごはんなのにディナーのようなコース料理を振る舞われて、ちょっと引いた。でも、朝ごはんらしく味はさっぱり軽めながらもしっかり満足感があって、しかも真っ黒じゃなかった。おいしかったので、アミナには今後ここで作った料理を振る舞うように言っておいた。
それから、アミナの城だというのに、半分くらいはわたしの物を保管する倉庫として扱われていた。武器やアクセサリー、衣装などが、いくつもの部屋にぎっしりと集められていて、さらにその部屋は見た目の何倍にも拡張されていた。ドレスだけでも数千着あって、しかも、どれ一つとっても同じデザインではない。アクセサリーに至ってはその何十倍もの量があった。さすがに多すぎるとアミナに愚痴を言ったら、ここにあるのは学園に着て行くような粗末な服ばかりなので、数は控えめだとのことだ。
わたし、何着の服を持っているんだろう。どう考えても数十万とか数百万とかあるよね。一年で千着も着ないのに、無駄だと思うな。まあ、わざわざ捨てろとまでは言うつもりもないけど。
ほかにも部屋はたくさんあったけど、それらは普通の城にあるものの高級版だった。でも、使わない廊下も整っていて、こんなところに客人なんて来ないのに客室まであった。一通り中を見終わったわたしは、庭へと案内された。
城の庭は、生垣の迷路、花園、芝生、森、池、果てには噴水の水が様々な生き物の形をとりながら噴き出している場所なんかがあった。庭中に透き通った水が流れる水路が張り巡らされ、その広さはマディーナの街に匹敵した。アミナが言うには、この前庭のほかにも、いくつか庭はあるらしい。中にはここより広い庭もあるそうだ。
わたしは、アミナによって準備された小舟に乗ってこの前庭を観光した。もちろん、この小舟は魔白金製で、たくさんの宝石を用いて装飾され、スピードも揺れもわたしが一番楽しめるように自動で調節されるものだ。わたしは小舟の上から、完全に整備が行き届いたこの庭の各所を興味深く眺めていた。
わたしが芝生になっている部分を眺めていると、ふとあることに気が付いた。
「草の一本一本まで調和している庭なんてすごい。でも、この草、外ではあんまり見たことないかも」
「お嬢様の瘴気を浴びることで、草木はより美しく、強靭に、そしてより有用に変わるのです。香りをかぐだけでも、気分がすっきりしませんか?」
アミナが説明してくれたことによると、魔王城に生息するすべての動植物は、強大な魔力を持つ魔物なのだそうだ。この庭に植えられているのは、特に有用な効果を持つ植物の魔物なんだとか。花びら一枚一枚に浄化の力があるタンポポとか、不調をリフレッシュする草とか、そんな感じだ。でも、魔王城に生えている植物全般に言えることだけど、わたしの影響下にない存在に対しては魔法で攻撃するらしい。意外と物騒だ。
そのまま水路を通って城を取り囲む鉄柵を抜けると、木組みの家が建ち並ぶ町へと入った。町には運河が張り巡らされ、その支流は水車や畑に恵みをもたらしている。家の密度こそ小さいけれど、遠くまでずらっと家々が建ち並ぶさまは、見ていて爽快だ。雰囲気こそ村のように思えるけど、十万近くの人が住めそうな広大なこの場所は、町と呼ぶにふさわしかった。
わたしは町の中央の広場に到着すると、たくさんの人型の魔物たちに出迎えられた。その先頭にいるのはメイド服を着た少女たちで、その影はうねうね蠢いていた。
「お待ちしておりました、お嬢様。わたくしはアミナ様の眷属として、この場所の管理を行っております」
そのメイド服の少女の一人が、いろいろとこの町のことを説明してくれる。町には人型になれる魔物たちが農業や紡績業などを行っていて、アミナやわたしにそれを献上する役目があるそうだ。この運河の先は海に繋がっていて、漁業なんかも行われているらしい。つまり、生産の町ということである。生産能力がいささか過剰な気がするけど、魔道具に使える素材が増えるなら文句はない。
それから、代表をしているメイド服の少女たちは、アミナと同じ種族だ。彼女たちも影に潜る力が使えるので、メイドが足りないならどうかと言われたけど、アミナ一人で十分すぎるから断った。
でも、この町の魔物はわたしが好きにしていいと言われたので、わたしはある一人の魔物に目をつける。
「スライム!」
とても手触りがいい黒いスライムだ。わたしが声をかけると、そのスライムは人型から不定形へとぷにょりと変形し、わたしに撫でまわされるのをじっと待っていた。わたしはようやく、気のすむまでスライムのぷにょぷにょを堪能する。ガアシュ火山で出会ったスライムと違っておとなしくて、ひんやりしていて、わたしは大満足だった。
「お嬢様、それほどお気に召されたのでしたら、ペットにしてはいかがでしょう?」
アミナが提案してくれる。なるほど、それは悪くない。好きなときにスライムの感触を味わえるというのは、いかなるものにも代えがたいほどの極楽だろう。でも、せっかくなら、もっと欲張りたい。
「それもいいけど、どうせならスライムでいっぱいのお部屋が欲しいな。そう、いろんな触り心地のスライムがいて、全身で堪能できる天国みたいな!アミナ、準備してくれる?」
「もちろんです。すぐに準備させましょう」
こうして、わたしはスライム天国の部屋をいくつも手に入れることになるのだが、それはまた別のお話。
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