土のダンジョン
奈落の底に落っこちたわたしは、ダンジョンの通路にいた。その場所は、きれいに整備された白い石造りのメイン通路で、そこからアリの巣のように複雑に張り巡らされた横道が見える。その横道の壁は、すべて魔鉄鉱でできていて、軽く掘るだけでも億万長者になれそうだった。
魔鉄鉱は、精錬すると魔鉄鋼になり、魔法剣の素材になる。普通の鋼はマナをため込めないけど、魔鉄鋼はマナをためて、魔法効果を与えることができる。そのうえ、もとの鉄と比べて硬さもしなやかさも段違いに高い。ただ、魔物の多い危険な場所でしか採掘できない稀少な素材なので、とても高値で取引されるのだ。
この場所にも、当然魔物はいて、みんな体の一部がその魔鉄鋼でできている。その強さを見ると、だいたい、ガアシュ火山基準で四十から五十階層といったところか。わたし基準でみると相手にする必要もないけど、ここに倒れている彼らは違うだろう。
「アミナ、ちょっと出てきて」
「何でしょうか?」
わたしは影の中のアミナを呼び出すと、今後の方針を相談した。
「これからのことなんだけど、下に行くか、それとも上に行くか、悩んでるんだよね」
もともとのダンジョンが崩壊した理由は、おそらくもともとのダンジョンコアがわたしの力に耐えられなかったからだろう。わたしがコアを作り直すことでなんとか崩れないようにはできたけど、その過程でファーリスたちが新しいダンジョンの深い層に落ちてしまった。さすがに、巻き込まれただけのファーリスたちを見殺しにはしたくない。ちなみに、金竜は普通に飛んで脱出した。
アミナはわたしの意図を汲んで、いくつか提案をしてくれる。
「このまま彼らと一度ダンジョンから脱出するのであれば、経路を確認し、障害となる魔物を排除いたしましょう。そうでなく先にコアまで向かうのであれば、彼らを眠らせ、結界によって保護しておきます」
「アミナはどっちがいいと思ってるの?」
「わたくしとしては、お嬢様には早くこのダンジョンを支配していただきたいと思っております。どのみち、彼らが意識を取り戻すのを待つ必要がありますし、それにお嬢様が人間ごときのために行動を制限されるのは不愉快ですから」
後半はともかく、前半はその通りか。わたしが魔法で落下の衝撃を和らげたとはいえ、がれきに巻き込まれたダメージなんかがあって、いつ目が覚めるかはわからない。無理やり起こすことは可能だけど、いろいろとバレるリスクが高まる。それよりは、”奈落に落ちて、目が覚めたらダンジョンの奥だった”のほうが自然だろう。
「わかった。じゃあ下に向かおう」
わたしが目的地を決定すると、アミナは魔王城へのポータルを開いて、ジャーミアを呼んできた。いろいろと適任らしい。
「魔王様、お役目をいただけて光栄ですわ」
ジャーミアは、手を触れるだけでさっとファーリスたちのけがを回復すると、その周囲に薄い膜のようなバリアを展開した。そして、その中の時間を止めた。
わたしはびっくりして思わず声を上げる。
「えっ、ジャーミアも時間操作の魔法が使えたの!?」
「結界の内側の小さな範囲なら可能ですわ。さすがに魔王様やクァザフのように、部屋全体の時間を止めたりはできませんけれど」
なんと、発動範囲が限定されているだけで、時間魔法自体は使える人が身近にいたらしい。いや、ゴーストか。とにかく、貴重なサンプルが思わぬ形で見つかった。これで時間魔法の研究が進むはずだ。
ファーリスたちをジャーミアに任せたわたしは、ダンジョンの大きな通路を駆けて最下層へと向かった。ある程度進んだところからは、コアの成長のために瘴気をばらまきながら走っていく。魔鉄鉱の鉱脈をあっという間に抜けたわたしは、魔鉄製の大扉を開けて、魔銀、通称ミスリルの鉱脈のある場所に入った。
ミスリルは、かつて魔王が用いていた武器に使われているのが記録されているだけの幻の金属で、その輝きは通常の銀を超え、わずかに虹色に光るのだという。そして魔鉄鋼よりも強靭で、強力な魔法効果を付与することが可能だ。
それがこの場所では、ピッケルを振るだけでとり放題、だって、鉱脈は一面ミスリルで、掘っても掘ってもミスリルしか出てこないのだ。これはもう、大フィーバー間違いなし!……魔王城にも普通にミスリルが転がっていることは、ここだけの秘密だよ。
もちろんそんなうまい話があるわけではなく、当然、強い魔物はたくさん生息している。彼らはミスリルの鉱脈を寝床にしていて、近寄る者がいれば、容赦なく襲い掛かってくる。例えば、鋭いミスリルの爪を持つモグラの魔物。彼らは小規模な地震を引き起こす能力を持っていて、それで動きが止まった敵を、さくっとその爪で切り裂いてしまうのだ。
そしてなんと、このあたりの階層にはドラゴンまで生息している。地竜という、翼を持たない茶色いドラゴンだ。ドラゴンの中では弱いほうだけど、それでもほかの魔物と比べれば普通に強い。そんなやつが普通に
そういうわけなので、さすがのファーリスたちでも、この階層に来てミスリルを採掘することは難しいだろう。まあ、多少手に入れられたところで、別にミスリルくらいなら気にすることもない。そう、この先に待っているであろう、そもそも存在すら知られていないヤバいものと比べれば……
ミスリルの大扉を開けた先は、巨大なメタルゴーレムが歩き回る回廊だった。ゴーレムはやや白っぽい金属で体が作られていて、そして模様が刻み込まれていた。まあ、まだ形は球や円柱、直方体を組み合わせただけだが。わたしは気になってゴーレムの腕を水刃で切って落とし、ちょっと調べてみた。
「初めて見る金属だ!ふむふむ、えっと……」
わたしは思わずその金属を調べる。鑑定の魔法も使っていろいろ調べてみた結果、この金属はミスリル以上の魔法性能、頑丈さをもちながら、鉄よりも軽いということがわかった。さらに、水属性の魔法にたいして強い耐性があるようだ。さっき、水の魔法で切れちゃったから、わからなかったなあ。
進んでみると、どうもこのあたりはメインの太い通路も側面の坑道もあのメタルゴーレム基準の大きさになっているみたいだった。鉱脈からは例のメタルゴーレムを構成する金属が産出する。魔物は、ゴーレムのほかには水色の氷竜や緑竜など、ドラゴンがほとんどだった。
またさらに進んでいくと、羽を付けて空を飛ぶメタルゴーレムが現れた。風の刃で羽を切り落として調べてみると、なんと、くっつけたものの重さを軽くする魔法効果のある金属だった。強度では魔鉄にやや劣るくらいだけど、風属性に対して耐性があるようだ。うん、わたしの攻撃では参考にならないね。
鉱脈にもその軽くする金属が現れて、そしてドラゴンたちの爪や角なんかが魔法金属製に変わっていった。でも、まだゴーレムは武装していないし、形も単純だ。まあ、時間の問題だろうけど。
巨大だけど見た目ほど重くない扉を開けた先は、カラフルな金属の鉱脈のある場所だった。その鉱脈には少しずつ宝石が混ざるようになっていた。
カラフルな金属は、それぞれ独特の魔法効果とミスリルを凌駕する性能を持っていたけれど、個人的に一番面白かった使い方は、花火だ。それらの金属を粉にして火をつけると、鮮やかな色の花火になってはじけるのだ。
ドラゴンは鱗までそのカラフルな金属によって体が構成され、同じくカラフルなメタルゴーレムは体内の核だけでなく、体外にも魔石を持つようになった。いや、ドラゴンのオーブと本質的には同じだから、宝石と呼んだほうが適切か。
そのカラフル金属の場所を過ぎると、今度は引力を操作する魔力のある金属が産出する場所にたどり着いた。メインの通路こそ普通に進めたけれど、坑道のほうは三次元的にぐねぐね曲がりくねっていた。もちろんドラゴンやゴーレムたちはその引力金属でできていて、しかもとうとう言葉を話せるようになった。ドラゴンはともかく、ゴーレムはその直方体の口でどうやって話しているんだ。
そう思っていたら、圧力をかけると音が鳴る金属があると教えてもらった。鉱脈のなかで、まれに見つかるそうだ。ほかにも、たまに光る金属が発見できるそうだ。とても珍しいのか、わたしはひとつも見つけられなかった。
そしてその場所を抜けると、ものすごく硬い黒い金属や、虹色に輝く金属の坑道が掘られた階層にたどり着いた。驚くべきことに、わたしの腕力ではその黒い金属でできたドラゴンの角を曲げることができなかった。火のダンジョンの力を得て、それまで以上に人並外れた身体能力を得たはずなのに、びくともしなかったのだ。まあ、アミナは簡単にへし折っていたんだけど。
その黒い金属のほうは硬すぎるせいか魔法効果を刻み込むことができないみたいだけど、逆に虹色の金属は、もろいかわりにかなり魔法との相性がいい。素材として使うと、マナをとても効率的に利用できるのだ。脆いとは言っても、ミスリルなんかと比べると普通に頑丈だから、実用上は問題なさそうだけど。
それからちょっと気になったのが、黄緑色の透き通るような宝石で体が構成されたゴーレムだ。一瞬、魔石ゴーレムかと思ったけど、よく見ると体の中に核があった。うっすら輝いていてとてもきれいだったのだけど、わたしが近づくとそのまま逃げて行ってしまった。シャイなのだろうか。
「ねえ、そろそろ百階層目に到達するんじゃないの?」
真っ黒な金属の扉を眺めながら、わたしはアミナに言った。最初の場所が四十階層台だったら、この扉で百階層相当のはずだ。そろそろ地上は夜になる時間だし、まだ続くようなら、一回魔王城に戻って寝てきたほうがいいかもしれない。
わたしはその硬い金属のドアを開けると、その先には、黄金の街が広がっていた。一瞬コアのある宮殿かと思ったけど、よく見ると、坑道らしき横穴があった。
「ようこそいらっしゃいました」
わたしを出迎えたのは、黄色い魔石でできた魔石ゴーレムだ。すでに人間の形をしているけれど、身に着けている鎧は魔法の金で作られていた。
わたしは、言われるがままそのゴーレムに金の家に案内される。その家には白金のメタルゴーレムがいて、金色の液体をわたしにふるまってくれた。
「えっと、これは?」
「われわれは”水金”と呼んでいます。すこし先の湖から噴き出していて、水の代わりに使っています」
その”水金”は、とてもたくさんのマナを含んでいて、魔法陣のインクにはとてもよさそうだった。一口飲んでみたけど、味は全くしない。
そのゴーレムたちが教えてくれたことによれば、このあたりでは魔金、魔白金、そして魔鉛という魔法金属と、とても大きな黄色い宝石だけが採掘できるそうだ。
魔金、魔白金は、それぞれ金、白金によく似た色だが、自ら淡い光を放っている。それらはどちらもあの黒い金属以上の硬さと、あの虹色の金属以上の魔法への親和性、そしてどうしても劣化しない耐久性を併せ持っている。それに加えて魔金は髪の毛よりも細い糸へと伸ばせ、魔白金は様々な魔法効果を調和させる触媒効果を持っている。さらに、魔白金はごくまれに、より性能の高い変異型が見つかるらしい。
魔鉛は、闇のように真っ黒な金属で、ものの重さを変化させ、また周囲に引力を発生させる力がある。硬度や耐久性は魔金にわずかに劣るものの、上の階層の魔法金属よりははるかに優れており、しかも小さな欠片でもその力を発揮する。魔鉛は魔金や魔白金と比べて稀少なため、ゴーレムたちは靴や小物として身に着ける傾向があるようだ。
わたしがダンジョンの最深部まで向かいたいと伝えると、ゴーレムたちは喜んで案内してくれる。道中には、水金が湧き出す湖や、いくつかの金色の集落があり、そして魔金などで全身が構成されたドラゴンもちょこちょこいた。
ただ、ダンジョンの中なのに非常に平和で、魔物同士がまったく争っていない。どうしてかと聞いてみたら、争うより、鉱脈を掘ったほうが生産的だからだそうだ。まあ、納得できる話ではある。どうも、鉱脈を掘るという明確な仕事があるからか、ここのゴーレムたちはガアシュ火山の魔石ゴーレムよりも文化的に思えた。
しばらく進むと、巨大な黄金の扉が見えてきた。それにはいくつもの黄色い宝石が埋め込まれ、精巧な模様が描かれていた。その模様は、このダンジョンの鉱脈を表しているように見える。
わたしがその扉を開けると、その先には思った通り、宝石で作り出された巨大な宮殿があった。噴水が水金になっていたり、シャンデリアが魔白金でできていたりと、細部は異なっていたけれど、おおよそは同じだ。わたしが聖堂に向かうと、その祭壇には、とても澄み切った、きれいな黄色の、立方体の宝石がたたずんでいた。
わたしはその宝石をすっと抱きかかえる。宝石はそのままわたしの胸に吸い込まれていくように消えて、わたしはこの地下に眠る、壮大なダンジョンコアのもつあらゆる力が、わたしの中に流れ込んでいるのを感じた。
「終わりましたか」
「うん。二回目だけど、やっぱり慣れないね」
わたしが膨大な力を受け取っている間、アミナはわたしの体を支えてくれた。わたしが動けるようになると、アミナがエスコートしてくれる。
「それより、早く戻らないとね」
さすがに疲れたので魔王城に戻って一休みしたいけれど、さすがに案内してくれたゴーレムたちに何もあいさつせずに帰るのは失礼だろう。ゴーレムたちは気にしなくても、わたしが気にする。
わたしが扉のところに戻ってゴーレムたちにダンジョンの主となったことを伝えると、ゴーレムたちはわたしにお願いしてきた。
「どうか、われわれの王を任命してください」
話によると、ここのゴーレムたちはみんな鉱脈を掘るだけなので、上意下達で命令を受けて動くのは難しいらしい。もちろんわたしの力を使えば何も問題はないのだけど、気分的に代表者が欲しくなったらしい。なんでも、わたしと話す栄誉を受け続けるのは畏れ多いそうだ。
どうするか悩んでいると、アミナがそっとアドバイスをしてくれた。
「いかがなさいますか?ジュナリのように、新たにゴーレムをおつくりになるのもよろしいかと。このダンジョンの鉱脈は魅力的ですから」
確かに、このダンジョンの下層の金属は、魔王城にもないものだった。欲しくないといえば、嘘になる。でも、だからといって集団で採掘するほどの量が欲しいわけでもないのだが。
わたしが考えていると、残念そうな顔をする魔石ゴーレムと魔白金ゴーレムの子が目に映った。それを見てわたしは、すこし試してみたいことができた。
わたしは、自分よりちょっと背が高いくらいの、特殊なゴーレムの女の子を生み出す。ジュルディと名付けたその子に、いくつか命令を与える。
「ジュルディ、ダンジョンの管理をお願いするね。鉱脈の採掘量を一定に保つようにしてほしいの。それから、ここには人間がくるかもしれないから、そのときはうまく対処してね」
ジュルディは、恭しくわたしに礼をすると、そのまま著しく輝く魔白金の髪をたなびかせて、黄金の街へと歩いていった。これから、ゴーレムたちの女王として君臨するのだ。
ジュルディを見ていたゴーレム二人組は、疑問に思ったのかわたしに尋ねてくる。
「われわれの願いを聞き届けてくださり、ありがとうございます。けれど、あのゴーレムはどんな種族なのでしょう?われわれとはすこし違うように思えます」
「えっとね、ジュルディは魔石ゴーレムでもあって、メタルゴーレムでもあるの」
ジュルディの体は、ジュナリと同じように人間そっくりの魔石ゴーレムなのだが、髪の毛や衣服は、メタルゴーレムのように魔法金属でできている。それは、ジュルディがすべての魔法金属を操るメタルゴーレムでもあるからだ。このダンジョンのゴーレムたちを統べる存在にはぴったりだろう。
ジュナリを作ったときに少し残念だったのは、衣装や髪型を簡単に変えられないことだった。魔石ゴーレムは魔石だけで完結している分、それ以外のものとの親和性が悪いのだ。一方、メタルゴーレムは金属部分をある程度自由にカスタマイズすることができるけど、その分魔石は小さくなってしまう。そこで、わたしは魔石ゴーレムそのものを核とするメタルゴーレムとして、ジュルディを作ってみたのだ。成功してなによりである。
こうして、この地下鉱山のダンジョンも手中に収めたわたしは、そのまま上の階で気絶しているファーリスたちのところへと転移した。わたしは、待機していたジャーミアにファーリスたちの時間停止を解いてもらうと、一度魔王城に戻って一休みしたのだった。
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