土産話

煤元良蔵

土産話

 街灯の灯りが消え、肉眼で街並みを確認できる朝の4時30分。

 いつもなら朝の6時に目を覚ます俺が、この日は何故かこんな時間に起きてしまった。

 数回欠伸をして、再び眠りに就こうと目を閉じた時、今日がゴミの日であることを思い出した。

 

「面倒くさいな」

 

 吐息をついて布団から抜け出した俺は、台所付近に置いていたゴミ袋を手にしてアパート前のゴミ捨て場に向かった。


「くぁぁん……ん?」

 

 欠伸を噛み殺しながらゴミ捨て場に向かうと、見知った顔があった。


「おはようございます豪打さん」

「おはよう、立原君」


 俺が豪打さんと呼んだ男性は、優しい笑みを浮かべて挨拶を返してくる。

 彼の名前は豪打実。俺の住んでいるアスバル荘101号室の隣の部屋、102号室に住む初老の男性だ。

 二年前に俺がこのアスバル荘に越してきてから、共通の趣味を持っているという事もあってか、何かとお世話になっている人だ。

 だが、豪打さんは現在海外旅行中のはずなのだが……。


「豪打さん。旅行から帰って来てたんですか?」


 俺が尋ねると、豪打さんは気まずそうに笑った。


「ああ、帰って来たよ」

「それなら言ってくださいよぉ。ん?もしかして今、帰って来たとこですか?」

「ああ、そうだよ」

「そうですか。ってごめんなさい。お疲れですよね。旅行話はまた今度聞かせてください。豪打さんのお土産話、マジで大好きなんですよ俺!」

 

 そう言って自分の部屋に戻ろうとすると「ちょっと待って」と、豪打さんにいつもより大きい声で呼び止められた。


「どうしたんですか?」


 振り返って尋ねると、豪打さんは頬を掻いて笑いながら口を開く。


「今、旅行の話をしたいんだ」

「そ、そうですか。豪打さんがいいんだったら是非。とりあえず俺の部屋に行きましょう」

 

 俺は豪打さんを連れて101号室に向かった。そして、今回の旅行について豪打さんに根掘り葉掘り尋ねた。俺の問い一つ一つに豪打さんは嬉しそうに答えてくれる。

 ………………。

 …………。

 ……。

 2時間ほど豪打さんと楽しくおしゃべりしていると、不意に豪打さんが立ち上がった。


「どうしたんですか?」

「ありがとね。立原君。こんな僕の話し相手になってくれて」

「何言ってんですか。俺も年の離れた友人が出来て嬉しいですし……それに、俺、母子家庭で育ったので、父親がいないんです。だから、もし父親がいたらこんな感じなのかなぁって」


 俺は鼻の頭を掻きながら、照れたように言った。

 恥ずかしくて、うまく豪打さんの方を見れない。おそらく、今の俺は耳まで真っ赤だろう。

 豪打さんも何も言ってこないため、俺はチラッと豪打さんの方を見た。すると、彼は目をパチクリさせてこちらを見ていた。

 やはり変なことを言った……そう思った俺が口を開くより先に豪打さんの目からポロポロと涙が零れ落ちた。


「ど、どうしたんですか」

「い、いや、何でもない。何でもないんだ。本当にありがとう。本当にありがとう。楽しかったよ立原君。話せて楽しかったよ立原君。君は良い友人だ」

 

 涙を拭い、いつもの優しい笑みを浮かべて豪打さんがそう言った直後、101号室の中を強い風が吹き抜けた。

 ありえない事だった。

 部屋の窓は完全に閉まっているし、風が吹き込む場所などない。にもかかわらず、強風が俺と豪打さんの間を吹き抜けたのだ。


「なんで風が?あ、あれ?」


 目を開けると、豪打さんの姿はなかった。

 玄関に向かうが、鍵は閉まったまま……部屋中を探してみるが、豪打さんの姿はない。

 一応、102号室を尋ねてみたが、人の気配はなかった。

 

「あっれー?どこ行ったんだろ?」


 首を傾げて部屋に戻った俺は、何ともなしにテレビをつけた。

 テレビでは朝のニュース番組が始めっており、画面の中のアナウンサーが速報を伝えていた。アナウンサーによるとどうやら飛行機事故があったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

土産話 煤元良蔵 @arakimoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説