私が大人になった夏

初心なグミ@最強カップル連載中

私が大人になった夏


 涼しい風が家の風鈴や木々の葉を鳴らし、青い匂いを肌にぶつけた。それらはとても心地の良いもので、祖父母の家に来るたび一人縁側に座布団を敷いて座るのだ。そうして心地の良い風に吹かれ、そっと瞳を閉じて時の流れを自然に委ねる。


 しかし静かに落ち着きたい私をよそに、周りには音が溢れている。家の中で世間話をしている家族の声。外で蝉を捕まえて遊んでいる子供のはしゃぎ声。許された短い時の中で、種を後世へと存続させたいと訴える蝉の声。どこにでもあるようなカラスの鳴き声。庭の池の鯉が泳いだ時にでる、細やかな水面の音。それらに風情があるか、と聞かれればいつもは「そうだねぇ」と答えるが、今は違う。


 今の私はただ、心と身体を休めたかっただけなのだ。夏に吹く、田舎独特の爽やかな風。肌でしか感じられないそれを、言葉にできないくらい涼しく、心地の良い音で知らせてくれる風鈴。風に揺らされ大雑把な音を出すと思われる様な、大きな木々の葉が魅せてくる、心を奪われてしまう程のこと細な旋律。緩やかな風に乗って私の周りを包み込み、息をする度に夏を優しく感じさせてくれる、草花の青い匂い。


 別に、夏の代名詞とも言える蝉の声やその他が、単純にうるさいから嫌いな訳ではないのだ。都会に居るとガヤガヤした空気に当たりすぎてしまう。それを忘れさせてくれるのが、自然の静けさ……というより、聞いていて心地の良い、それでいて飽きない空気感なのだ。ただただそれを、邪魔されたくないだけ。


 目を閉じて心を無にしていると、いつからか雑音と思える音だけが自分の中から消えていく。しかし人というのは矛盾する生き物で、多少の時が過ぎゆくと、それはそれで寂しいと思う気持ちが不意に現れ、心を掻き乱していく。


 自然に時の流れを委ねようとしつつ結局のところは自分で感じて、隠して、剥き出して、何も委ねちゃいなかった。当たり前の様にあったものが、ふとした瞬間に自分の前から消えたら、例えそれを望んでいたとしても寂しく思うのが人間なのだ。


 ーーそうだ。私は人間でしかあれなかったのだ。


 委ね、落ち着き、結果として心が癒やされたとしても、その道中に感じた、考えた、思いついたものが、自分を自分たらしめ矛盾させる。それが悪いかと言われれば、否であるが何とも腑に落ちない。


 去年までは何も、思わず、考えず、感じず、無意識的に隠して隠して隠して、矛盾も起きず、夏の心地良さに浸って、呆然としていた。こんなに掻き乱されたのは今年からだ。だから腑に落ちない。人間なんてそうそう変わりやしないのに、たった一年でこんなに変わるなんて…。やはり腑に落ちない。何がこうも変わったのか。何が私に考えさせ、矛盾させるのか。全てが分からず私は考えるのをやめて、今までの疲労感からか瞼を閉じていた。


  * * *


 瞼が微かに開き、本能的に目を擦る。あたりの景色はオレンジ掛かっていて、自分が寝過ごしていたことを実感した。


 そして、いつも祖父母の家に来るのは花火を見に来るためでもある。夜になりかけているということは、あと少しで花火が始まるということ。早く準備を済まさなければならない。そうは言っても花火を見るだけなら家からでも見れるし、花火をよく見たいなら徒歩数分のところに穴場がある。それを分かっているからか特別な焦りはなかった。


 皆がいる茶の間に入ると、祖父母と父そして弟がいて、母だけがいなかった。そのことに疑問を覚えた私は「お母さんどこにいるか分かるー?」と聞くと祖父が答えた。


愛菜あいななら、台所で持っていくご飯を作ってるよ」


「そうそう。私も手伝うか?なんて聞いても、お母さんは休んでて、なんて……一丁前に気遣いなんかして。嬉しいやら寂しいやらで、複雑だわぁ」


 祖父の答えに続くように、祖母は頬に手を当て申し訳なさそうに言う。そこには、小さかった頃から母のことを見ている、親としての複雑な感情があるのだろう。それは親としての立場ではなく、母の子どもである立場の私には分かり得ない。私が大人になった時、母に対して「私がやるわ」なんて啖呵を切ると、今の祖母みたいになるのだろうか?はたまた娘ができたときに同じセリフを言われると、私は同じ思いを抱くのか?と、そんな疑問ばかりが浮かんでいくのだが、それらは"楽しみ"という思いに括って仕舞っておくことにした。


「分かった。ありがとうね」


 その一言を告げ、母のいる台所へと足を向けて移動する。そして台所への扉を開けると、料理をしている母の後ろ姿が目に入る。胸辺りまである長い髪を、一つにまとめて料理をしている姿には、娘贔屓無しに見ても、綺麗だなという感想を抱かずにはいられなく、唾を飲み込んだ。


 台所には時計があり、六時の針を指している。それを見た私は、昼ご飯を食べていないのを思い出してお腹鳴らした。お腹を鳴らすと本能的に、早く食べたい!という食欲だけが溢れてくるのだ。食欲とは人間の三大欲求の一つで、そう抗えるものでもない。そして飢餓状態に陥った者は、食べるという一種の快楽の為には行動を選ばなくなるが、私の場合は底まででもないので理性がちゃんと働いていた。そしてちょうど良い所に、調理中の……そこにある料理を作った張本人が目の前にいる。そこで、調理中の母に何か食べて良いか尋ね合法的に、特に唐揚げをつまみ食いをする。我ながら良い手であると、心からそう思った。思うが吉日、即行動。敷居を跨ぎ、母の隣まで駆け寄る。


「お母さんお母さん。お腹減ったから何か食べて良い?」


 私が素直に伝えると母は、思い出したかの様に答える。


「そういえばお昼ご飯食べてなかったわよね。冷蔵庫に香菜の分のお昼ご飯がラッピングされてあるから、レンジで温めて食べなさいな。あっ…!それか小腹しか空いてないなら夜ご飯の唐揚げ、皆に内緒で少し食べちゃおっか?」


 皆に内緒でと悪戯に微笑む母は綺麗で、子供っぽくて、優しくて、私の心を見透かしているようだった。


「私がつまみ食いしたいと思ってたのよく分かったね。これが愛ってやつかぁ?」


 と疑問を残したまま茶化してみるが、母にはどうも効かないらしい。


「そうだよ?私からの香菜かな陽翔はるとへの愛は凄いんだから!!皆で過ごした時間の一秒一秒が、私にとっては幸せで尊いものなんだよ?」


「あれ?お父さんは…」


「あの人には、行動でたくさん伝えたからもう良いの!もしお父さんが疲れてそうなら、香菜と陽翔が励ましてあげてね。それだけ子供って存在がデカくて、ずっと胸に抱え込みたいと思えるほどに大切なんだから!!」


 父は仕事で朝早くから夜遅くまで、私達家族のために頑張ってきてくれている。それに反して母は私達との過ごす時間が多く、それに比例する様に私達姉弟のことを良く知っている。一概にそれだけとは言えないが、それが一番の要因だろう。私にとって母は親で、母にとって私は子供。互いが互いを知るのは時間的要因からしてもわりかし普通の事でもあるが、それが二人の繋がりにもなるから素晴らしいことである。


 それを母的には愛と言うらしいが、なるほど…。愛というのは考えればすぐに分かることであり、考えなくても無意識的に感じているものでもあるのだろう。つまる所は、母には私の考えが取って見るようにわかるということだ。


「ありがとーね、お母さん!じゃあ遠慮なくいただきまぁす!」


 そう言って、皿に山盛りになってる唐揚げを、先程の会話中に取ってきた箸で一つ二つと食べる。そこで口を大きく開けている母に気づき、目線が合った。


「香菜ぁ。私にも食べさせて!あーーん!」


 娘である私に対して、恥ずかしげもなく甘えてくる。それも、一種の親子の距離として考えれば何ら不思議でもない。


「はい。あーーん!!」


 と応えつつ、母の口に唐揚げを運ぶ。その最中も料理の真っ定中なので、手にぶつけたり、視線を塞いだりしないようにと配慮した。母は自分で作った唐揚げを口にすると、大変満足そうな顔をした。その顔には「美味しい!さすが私!」という自己肯定が浮かび上がっている様に見える。ーー否。見えるだけではなかった。母が咀嚼をやめ飲み込むと。


「いやー、美味しいわ。さすがね、私!」


 言葉によっても自己肯定を顕わにし、エッヘンと言わんばかりに腰に左手を当て、ポーズでも表す二重仕掛けだ。まぁ、そういう子供っぽい所というか楽しい所が母らしくて何とも好きなのだが…。それは私だけでなく、家族皆も同じなのだろう。


「はいはい。美味しかったよぉ、さすがお母さんだね!」


「でしょでしょー!香菜のその言葉が聞けてよかったわ。じゃ、これから卵焼きとかウインナーとか色々作るから、茶の間に戻っときなね」


「分かった。花火を見ながら食べる、お母さんのご飯楽しみにしてるね!」


 私は「じゃあ」と言いつつ、台所の敷居を跨ぐ。跨いだ瞬間「…よっしゃ。頑張るぞー!」と、母の活が聴こえた。つくづく自分等が愛されていることを、母には実感させられる。その事実を噛み締めながら、再びお茶の間へと足を運べた。


 お茶の間の敷居を跨ぐと、ゲームをしている陽翔とテレビを見ている祖父母が見えた。テレビの方をちらっと覗くと、ドキュメンタリー番組が流されている。正直の所、あまり興味を持つ内容でも無かったので、テレビの方に向けた視線を陽翔へと流す。


「そうだ!ねぇ、陽翔。暇だし一緒に外に出よう?」


「良いよ、お義姉おねえちゃん。だけど少し待っ…」

 

 いきなりの誘いに応えるように、ゲー厶に釘付けだった視線を顔ごとこちらに向け、ゲームの電源を切る。

 

「OK!じゃあ早速行こう、弟よ!」


 何かを言い掛けた弟の大きな手をぎゅっと握りしめ、自分より大きなその身体を起き上がらせる。起き上がらせお茶の間を出ようとしたとき、祖母が私達を呼び止めた。私達は足を止め、祖母の方に身体を向ける。


「香菜。陽翔。外は暗いから気をつけるんだよ」


 ニコリと手を振る祖母に対して陽翔は「分かった。気をつけるね」と手を振り返し、それに私も続くように「行ってきます!」と手を振り返した。


 玄関のドアを越えるとオレンジ掛かっていた筈の空は色を失っていて……そんな昏く暗い世界を星が爛々と照らしている様は目を奪われる位に綺麗で、私にも良く分からないけれど少しだけ感傷に浸った。


「陽翔、祖父母の家ここから観る星は、とっても綺麗だよね……」


「そうだね、とっても綺麗だ……。でも、お義姉ちゃんの方が綺麗だよ…………って、なんでもない……」


 陽翔が柄にも無い様な恥ずかしことを言っては顔を赤らめて、私の方から視線を外した。その様子が可愛らしいものだから、つい揶揄いたくなってしまう。

 

「へぇ……陽翔にとって私って、この星空よりも綺麗なんだ?」


「そ、そうだよ!何か文句あっか!?……ほら、もう行くぞ!!」


 開き直ったのか私の問に肯定すると、陽翔はいきなり私の手を引いて走り出した。


「ちょっ……ちょっと!速いよぉ………」


「……………………」


 陽翔は振り返りもせず、足を止めることもせず、ただ走り続けた。そんな陽翔の手を離さない様にと、私はただ精一杯着いていくだけ。


 七・八分位走っただろうか。無造作に生い茂る草を掻き分け、息を乱れさせながら坂を駆け上がり辿り着いたそこは、よく家族と花火を見に来る穴場だった。


「はぁはぁ……花火はまだなんだから、走る必要なかったでしょ……」


 陽翔は私に見向きもせず、柵の方へただ歩く。私はそれを不思議に思いながら、近くにあるベンチに腰を据えた。座っている私にとって、柵に身体を預けながら空を眺めている陽翔の背中はとても大きく、逞しく感じた。そこから少しの間二人は静寂な空間で包まれていたのだが、そんな静寂を破ったのは私だった。


「夏とはいえ、夜だから寒いね……」


 手を絡ませ、はぁ…はぁ…と吹き掛けてると、陽翔が私の隣に来て、そっと陽翔が着ていた自分の上着を私に掛けた。私に掛けてくれた上着はとっても暖かくて、優しいモノに包まれている様な安心感があった。


「これで少しは暖かくなった?」


「とっても暖かいよ……ありがとう」


 「そっか……」と陽翔が頬をぽりぽりとかくと、私の隣に腰を据える。上着のおかげで暖かくなったので絡めていた手を解きベンチに置いていると、隣の陽翔の手とぶつかった。


「ぶつかっちゃった……ごめんね」


「……………………」

 

 ぶつかった事を謝り私がそっと手を離そうとすると、次は陽翔の手と重なったのだ。そのことに驚き陽翔を方を見ると、陽翔は真面目な顔で夜景を見ていた。


「陽翔どうしたの?手なんか重ねちゃったりして……」


「………………こうした方が、暖かいと思って……。手、離した方が良い?」


 陽翔が何かを言う時に詰まるのは嘘をついてる時だ。ただ何に嘘をついてるのかが分からないし、「手、話した方が良い?」と私に聞く陽翔の声からは、表情には表れてない寂しさ…悲しさが感じられたのだ。それに陽翔の手は暖かくて安心する……。


「んーん…………このままで居よう」


「えへへ、そっか……。ねぇ…お義姉ちゃんはさ、好きな人っている?」


「えぇ…急にどうしたの?そうだなぁ……どうなんだろうね?そもそも、好きとかなんて無かったかも」


 そうなのだ、私は恋沙汰などの思春期特有の悩みで考えたことがないのだ。昔は陽翔と同じ様な体型だったのに今じゃ陽翔の方が身長が高ければ、昔よりも成長して胸が大きくなっているし、初潮だって迎えていた。


 ただそれらは男女同じ様に親しく……人を男女ではなく個々人として接する私にとって、わざわざ異性との特徴を比べて考えたり、性を感じて悩んだりするものではなかったのだ。


「そっか…考えたことないか……はは、お義姉ちゃんらしいね。なぁお義姉ちゃん…俺さ、好きな人居るんだよ…」


「えぇ!!そうなんだ!誰?どんな人?!」


 姉目線で見ても陽翔はかっこよくて、運動神経抜群で、誰にでも優しくて……だと言うのに浮かれた話を一つも聞いたことが無くて。だから陽翔に好きな人が居ると聴いて心から驚いた。


「どんな人か、そうだなぁ……ボーっとしてることが多くて何を考えてるのか分からなくて、ずっとアプローチしてるのに気づかない鈍感だよ。なんなら男としてすら見られてないかもな……」


「そんな人が好きなの?変わってるねぇ……」


「でもさ……それ以上に優しくて、明るくて、元気で、可愛くて、いつも俺を引っ張ってくれる…………そんな、俺にとって何よりも大切な人だよ」


「ゾッコンじゃん!?それ超好きじゃん!そっかぁ……陽翔にはそんな人が居るんだねぇ……ちょっとだけ、かも。でもそんなに好きなら告白したら?やらずに後悔より、やって後悔だよ?過去は取り戻せないんだから」


 陽翔の好きな人への思いを聴いた香菜は心から羨ましいと感じたのだ。でもその感情は今までの香菜には無いもので、自分自身のこの感情が過去の自分の在り方との矛盾を生んだのだ。ただ当の本人はその矛盾に気づいていない。


「告白していいのかな?」


「告白して良いんだよ!私も応援してる!!」


 陽翔は「ありがとう。やっと決心ついた」とボソッと呟くと、陽翔は先程まで私の手と重なっていた手を離しそっと立ち上がる。立ち上がった陽翔は座っている私の前に来て、私の目を見て言葉を発した。


「俺さ、お義姉ちゃんのことが昔からずっと、好きなんだよ」


「………………え?」


 一瞬、陽翔が何を言っているのか分からなかった。それは私達が知っている日本語のはずなのに、まるで違う言葉を喋っている様な、知らない言語を聴いている様な…そんな感覚に陥ったのだ。


「俺は義理の姉の香菜の事を、世界で一番愛してる!駄目だって分かっててもお義姉ちゃんのこと、異性として好きになっちゃったんだよ!!」


 顔を赤くしながらも真剣に私が好きだと訴えてくる陽翔がかっこよくて、何より誰かに好きだと言われたのが初めてで恥ずかしくて……私の体温は上がり、アツくて死んでしまいそうだ。


「そそそ、そうなんだ。ふぅん、そっかぁ……えへへ。好きって言われるの、何だか嬉しいな 」


「なら……っ!?」


 確かに告白されたことは嬉しい。

 

「でもね、私さ陽翔のことを弟だって思ってるの。昔も今も変わらずね。だから…ごめんね。少なくても今は、陽翔の思いに応えてあげれない…」


「はは……そっか。でも大丈夫…今は無理だとしても、いつか絶対に振り向かせてみせるから!」


 振られたのにも関わらず、おもむろに悲しんだりしないで微笑む陽翔に、私は、胸を熱くさせた……。


「うん!待ってるね!」


 それからは特にこれと言ったことのない、普通の日常だったと思う。

 両親達が来るまで何事も無かったかの様に駄べって。

 両親達が来てからは、ちょっとお弁当を食べながら花火を待って。

 急に鳴った花火の音に驚いて、おにぎりを詰まらせかける義弟に笑って。

 天高くに雄々しくかけ昇り人を魅入らせる彩やかな花をドンッ!と咲かせ、刹那の輝きを失った花弁が静寂と共に消えゆく切なき命に感動して。

 その余韻に浸りながら満足して帰って。

 風呂場で思い出して一人で恥ずかしくなって。

 布団の中で悶々としながら義弟のことを考えて眠れなくて。

 朝起きてご飯食べて、食器を洗って駄べって昼ちょっと前に実家に帰る。

 そんな毎年あるようで無い一時を終えようとしていた。


「今年も花火が綺麗だってわね」


 私たちは帰りの車の中に居た。

 その中で、助っ席に座っているお母さんが楽しそうに聴いてくる。


「うん。花火、綺麗だった」


「あら、珍しいわね?香菜がそんなことを思うなんて」


「そうかなぁ?」


「そうよぉ?ふふ、大人になったのね」


 お母さんの言葉で、ふと、ある事を思い出した。

 それは皆で花火を見ている時にした、お父さんとの会話だ。


「香菜は大人になったらやりたい事とかあるのか?」


「んー……特にないかな?」


「そっかぁ……でもお前はあと少しで高校三年生だ。そうなったら否が応にも将来について考えなきゃいけない」


「確かに……友達のほとんどが将来の夢持ってるかも」


「そうだろう?じゃあさ、大人になるってどういうことだと思う?」


「大人?大人かぁ……働いてお金を稼ぐ、とか?」


「まぁ、たしかにそれもそうだが……ちょっと違うな」


「じゃあ大人って何なの?」


「それはなぁ、考えることだよ」


「考えること?」


「そうさ。大人ってのは、誰しもがぶつかる将来への壁に悩みながらも、考えて考えて考えて……そうした苦悩の先に出た答えを突き進んで来た人のことさ。そりゃ見た目だけなら勝手に大人になる。でも、それだけじゃダメなんだよ。一回も悩んだことの無い人は、一回壁にぶつかってしまったら立ち上がるのに時間が掛かりすぎる。 だからそれを学生の時に経験しておくんだ。子どもには、親や先生、友達っていう心強い味方がついてるんだから」


「そっかぁ……お父さんもそうやって大人になったの?」


「んーん、違うよ。僕はさ周りに流される様な奴だったから、自分の意思で考えたことなんて無かったさ。初めて壁にぶつかったのだって大人になってからで、最初の職場なんて二週間とちょっとで辞めたよ。お前にやる仕事は無いって言われたのは、今でも覚えてるよ……。辞める時は高校の親友に相談にのって貰ったし……あぁ、おばあちゃんに辞めたいって言った時は怒られたな。せめて三年は働きなさい!って。でもさ、僕が「母ごめん……もう頑張れそうにない」って言ったらさ、母が職場に会議室に乗り込んで来てさ「辞めさせます」って……それから躓いてニートになって、申し訳ないと思いながら甘えちゃって……でもさ、それからは自分の意思で考えるようになったから、今こうやって……愛しい妻に、可愛い娘と息子が出来たよ」


「お父さんにそんなことが合ったんだね……」


「まぁね。つまり何が言いたいかって……僕の子どもには自分の意思で考えて悩んで、後悔の無い人生を父親として送って欲しいんだよ。特に香菜は俺の子だからぼーっとして、周りに身を委ねてるだろ?本当は成長すると色んな事で悩んで、その度に自分で考えるようになるだがな。その点陽翔は、もともと僕の兄の子だからねちゃんとしてる。まぁ……今じゃどっちも、俺にとって掛け替えのない宝だけどね」


 父と私の長い様で短い会話。

 そこには私達を思う父の言葉が紡がれていた。

 そして、一つ、今気づいたことがある。

 それは私も成長しているということ。

 縁側でのモヤモヤ。

 陽翔への思い。

 花火への印象。

 そのどれもが今までの私と矛盾したもので、その矛盾こそが成長だったのだ。

 これらが一概に良い変化と言えるのかは分からない。

 ただ、それでも人としては成長したんだと思う。

 これからは色んなことで悩んでは考えて、苦しんで。

 そんな辛い場面に幾度となく挫けそうになるかもしれない。

 でも逃げずに考えて、それでも苦しい時には助けて貰いながら壁を乗り越えて行こうと思う。

 私は17歳のこの夏、大人になったのだ。

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