第34話 タメリックが村にやって来たぞ配信
----教会から乗合馬車を使って、丸5日。
大司教シナーモにより、怪しげな錬金術師系配信者『あるけみぃ』の調査にやって来たタメリックは、ようやく目的地である彼女の家近くに辿り着いていた。
「かなりの僻地ですね、このイスウッドは」
なるほど、こんなに王都から離れていれば、教会の権威も届かなくなるなと、タメリックは納得しつつ、彼女の家に近付いていた。
彼女の家に行く前に、村でいくつか情報収集も欠かさない。
教会から巡礼に来た聖女見習いという仮の身分と、無償ですり傷などの軽い傷を神聖術で癒すと伝えれば、村人たちの口はすぐさま軽くなった。
そしてさり気なく、村人以外でこの村に住んでいる者は居ないのかと聞けば、彼らは村外れに住む錬金術師ススリアの事を教えてくれた。
村人たち曰く、彼女はとても優秀な錬金術師である。
彼女に相談して魔導コンロを作ってもらった酒場の店主によると、彼女の魔道具は以前使っていたモノよりも高い火力が出せるらしく、おかげで前よりも短時間、なおかつ安価で商品を提供できるようになったとか。
また、彼女の元に、共和国から商人が度々来訪してくれるおかげで、その商人と提携したりして酒場の店主以外のお店、つまりは村全体も潤っていて、大助かりだそうだ。
つまり、彼女を悪く言う人はあまりいなかった。
錬金術師だからちょっと怪しいという、根拠もへったくれもない老人や子供の意見はあったが、これは気にしなくても良いだろう。
それよりも重要なのは、彼女がこのイスウッドに来た経緯である。
彼女は元々はこことは違う田舎の村の出身で、王都で"なにか"をやらかして、この村に流れ着いたという事が分かった。
その王都でやらかした"なにか"については、流石に聞けていないのだそうだが、王都などの都会で嫌な事を受けた人が田舎に引っ込むのは良くある事。
問題は、わざわざ地元ではなく、このイスウッドを選んだこと。
聞けば、彼女の出身地とイスウッド、どちらも相当の田舎であったのだ。
都会の生活に疲れた人が田舎に行くのは別におかしくはないが、地元も相当の田舎なのに別の田舎を選んだのにはタメリック的には気になりまくっていた。
----この地に、なにか秘密があるのか。
----それとも、地元の人達には見せられないような研究を行おうとしているのか。
どちらにせよ、タメリックの中では、錬金術師ススリアが危ない事をしているのはほぼ確定事項になっていた。
「これは大司教シナーモ様が仰っていた通り、怪しげな事を企んでいる可能性が高いですね」
タメリックには、大司教シナーモから、独自の権利が与えられている。
つまりは、もし仮に錬金術師ススリアが悪魔と通ずる者と判断すれば、タメリックの判断で処罰しても良いという事だ。
その処罰の中には、勿論ながら殺害も含まれている。
「----あまり使いたくはないですが」
殺しは、あくまでも最終手段である。
彼女が信奉する研鑽の神アカデミアは、拷問や量刑も認めている、懐が広い神様である。
拷問を与えたり、量刑を課したりしても、それでその者が正しい道へと研鑽してくれるのならば問題はないという判断にて、拷問や処罰することも認めている。
しかしながら、そんな懐が広い神アカデミアも、殺害だけは認めていない。
死とは救済などではなく、研鑽を辞めた者が陥る先として自殺も禁じており、相手が良くなる可能性を、研鑽する可能性を無くす行為として他殺も勿論ながら禁じている。
そんな教義の中で、大司教シナーモは、タメリックに対して、最終的には錬金術師ススリアを殺しても良いと伝えている。
それは即ち、それだけススリアという人物が、極悪人である可能性が高いという事だ。
「(神聖術で出来れば拘束……不可能なら、ナイフで一撃。
この周辺に教会はなく、あるのは小さな村の薬師の家のみ。ナイフを突き刺せば死は逃れられない)」
出来ればしたくないと思いつつも、殺害の可能性も考えつつ。
タメリックは、森の中をずんずんと進んで行く。
「----目標、発見」
その時である。
タメリックの目の前を、雷を帯びた長剣が通り過ぎる。
慌てて頭を引っ込めたおかげで、長剣は彼女の鼻先の少し前を通過した。
長剣が触れた木の幹には、黒く焦げた跡がしっかりと残っていた。
「避けましたね」
すっと、タメリックを襲撃した犯人----ススリア製ゴーレムであるデルタが、木々を剣で焼き切って現れる。
雷を帯びた長剣を4本、同じく身体から出る4本の腕で掴んで、殺意を向けてタメリックを睨んでいた。
「……あなた、教会の人ですよね? この先には我がマスター、ススリア様がいらっしゃるだけです」
「私は彼女に会いに来たんです。教会の教えを広めるために」
明確な殺意を受けつつ、タメリックは汗一つかかずにそう言い切った。
「村の人から、この村外れに1人、錬金術師さんがいらっしゃると聞いたので、一度ご挨拶をと思いまして。わたくし、教会の教えを広めるためでしたら、たとえ村外れの1人にだって会いに行きたいと思っております故に」
「マスターに、予め会うというお約束は?」
「わたくし、教会の教えを広めるシスターです。予め会う約束なんてする訳ありません。そんな時間があったら、1人でも多くの方に、この足で、回らせていただくつもりです」
「なるほど……確かに」
デルタは納得し、そしてタメリックに向かって頭を下げる。
「すみませんが、マスターは教会の方にあまり良い印象を持ち合わせておりません。申し訳ございませんが、お引き取り願いたく存じます」
その言葉に、タメリックもここら辺が引き際かと納得する。
「分かりました……では、こうしましょう。そのマスターさんとやらが、村に来るまで酒場の2階をお借りして、簡易的な救護所をお作りします。お待ちしておりますため、マスターさんの都合が良い時に来てくださいましたら」
これは、ススリアに会えない場合に、タメリックが考えていた策の1つだ。
村のお店の一室を借りて、仮の教会を作りつつ、皆の救護をしながら、情報を集める。
そういう、完璧な作戦である。
「……なるほど。了解しました、マスターに伝えておきます」
デルタも納得したのか、剣を収め、その場を立ち去って行く。
「……危機は去ったようですね」
デルタが完全に去ったのを確認して、タメリックは一息つく。
と同時に、家に来られるとまずい研究をしているのだ、その警護のためにあのゴーレムが出てきたのだと、そう納得した。
家に押し掛けるのは無理なら、こちらに誘き出すしかない。
「さて、それでは早速簡易的な救護所を借りましょうか」
村に帰りつつ、果たしてススリアが来るのは何日かかるだろうかと、そう考えるタメリックであった。
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