第18話 女騎士は押し掛け上手配信

「改めまして、自己紹介させていただきます。私の名前はゾックス。どこにでも居るごく普通の、旅する女騎士でございます」


 丁寧な、まるでドレスを着ているかのような所作。

 そんな所作を披露したまま、彼女は流れるような姿勢で、すっとその場に座り込んで、そして----


「どうか、この私に一手ご指導お願いします!!」


 ----流れるように、土下座を決めるのであった。


 外で、しかも土の上に、なんの躊躇もなく。

 顔が汚れる心配なぞまるでしている様子もない、見事なまでの、綺麗とすら言っても良い土下座であった。




 いや、なんで?!



 私の名前は、ススリア。

 東の辺境イスウッドの地にて、配信をしながら錬金術をやっている、ただの趣味人である。

 先日、押しが強いエルフ、タラタちゃんに負けて錬金術を教える師匠となりました。


 そして今、私に剣の指導をして欲しいと申し込む、謎の女騎士が現れた。


「頭を上げてください! えっと、ゾックスさん、でしたっけ?」


 いつまでも土下座姿のままにしておけないので、慌てて起き上がらせる。


 彼女は綺麗な銀の鎧と兜を身に纏い、クール系の美人さんだった。

 持っている剣も上等な代物で、装飾も、そして魔術付与も良いのがされているし、かなり高価たかそう。


 ただ、怪しい人物っていうのは、事実である。

 

「(なにより、女騎士ってのが怪しい)」


 ここが王都であったり、あるいは近くに別の騎士が居たりする隊での行動だったら、別に問題はないんよ。

 けど、辺境にたった1人でさすらってきたってのは、王族や貴族などの偉い人を守る騎士にしてはおかしな行動に思えてしまう。


「(偉い人が呼んでいるとかの使いとかでもなんでもなく、"一手ご指導して欲しい"という鍛錬目的? なんか事情がありそうなんですよね、この人)」


 事情があるのは分かる、だがしかし、私には関係ない話だ。


「ごめんね。私はただの錬金術師系配信者であって、そんな大層なお方じゃ----」

「何を仰るんですか!!」


 ----ガシッ!


 あっ、力強っ。


 ていうか、何でいきなり私は、女騎士さんことゾックスさんに、右手を両手で掴まれてるの?

 これって、「大丈夫! 私だけは信じてるから!」とか、そういう感じの信頼感生まれてるタイプの掴まれ方してるよ、今。


「あの配信を見て、ペーパーナイフから放たれた斬撃で雲を斬るのを見て、武の道を志した者として心躍らない者は居ません!

 あの実力なら、国で多くの門下生に囲まれてもおかしくはない実力です! あなた様はそれほどのお方! その実力に至る道、少しでも同じ武の道を歩む私に、ご教授願われるくらい、何もおかしくないのです!」

「いや、同じ武の道って……」


 困ったなぁ、どうしようこれ。

 そりゃあさ、転生した直後くらいだったら、武道もけっこうのめり込んだからこそ、今の技量がある訳で。

 しかし私はいま武の道とやらには、「錬金素材を取りに行くのに便利だな~」とか、「ベータちゃんやデルタちゃんの活動に無理ない身体の動かし方を知ってるのは良い!!」くらいにしか思ってなくて。

 ぶっちゃけ、彼女と同じくらいの熱量を裂くことはできない……というか、彼女の熱量は、ちょっと異常と良いくらい熱い。


「一手! せめて一手! 目の前にいる、この伸び悩む若者にご教授を!」

「あぁ、近い! 近いって!」


 なんで近寄ってくんの?

 武道を歩んでいるのだったら、間合いとか完全に読み間違っているでしょ、これ!?


 てか、この娘、めちゃくちゃ美人さん!

 うわっ、眉毛ほっそ!! 目玉とかすっごく綺麗!

 美人さんだねぇ、今度うちのベータちゃんに取り入れよう、っと。



 ----ガタッ!!



「ん……?」


 なにか物が落ちる音がして、音のした方向に顔を向けると、そこには洗濯籠を落としたまま固まるベータちゃんの姿が。


「ま……」

「「ま……?」」


「マスターの、浮気者~!!」


 ----えっ?! ちょっと、その反応は可笑しくない?!

 なんだかとんでもなく不名誉すぎる称号を貰いつつ、洗濯籠を拾って逃げていくベータちゃん!

 うん、こんな時でも家事を投げ出さないのは良い事だ!


「ってか、いい加減放して!」


 こいつ、嘘でしょ?!

 この流れで、未だに放さないとか、空気読めてなさすぎじゃない?!


「----相手が了承してくれるまで、決して折れない! それくらいの気概を持って、挑んでます!」

「折れて欲しいんだけど! というか、折れろってば!」

「一手! せめて一手だけで良いから!」


 あぁ、もうくそうっ!!


「分かったから! 一手だけね!」

「ほっ、本当ですね! あとで言った言わないは、なしですよ!」


 その反応、面倒くさい人の奴だな!

 でも仕方ない、たかが一手! それで済むなら、安いと思いこめ!


「大丈夫だから! あとで必ず約束は果たすから!」

「……了解しました」


 パッと、そこでようやく手を放してくれたゾックスさん。

 

「いま行くから、待ってて! ベータちゃん!」


 だからこの前みたいに、ご飯の品を1品減らすとか止めてください! お願いします!!

 勝手に弟子入りしたあの日から3日、ご飯を毎回1品ずつ減らすという、地味な嫌がらせ、私めっちゃ効いてたから!

 もうあんなことしないで! お願いしますから!!


 私はそう思いながら、ベータちゃんの後を必死に追いかけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る