第一話

 どうしてはこうなったのかとため息を吐く。

 そもそも今日はパーティーに来る予定ではなかったのだ。

「ごめんなさい。少し借りるわね」

 身ぐるみを剥がした女の顔に騙された自身の間抜けさに出るのはため息ばかり。

 手慣れた制圧は抵抗する余地さえ与えられず軽やかなものだった。

(……いいにおいがしたなぁ)

「ねえ、あんたの服を着た女が会場にいるんだけど」

 通信機から聞き慣れた声に答える。

「ごめーん。捕まっちった。着る物お願い」

「あなた殺されたいの?」

「だってあまりにも良いおっぱいを持っていたから」

 沈黙の意味合いに行き着いて「いや、僕は君の胸も慎ましやかで可愛いと」口にした言葉は「死ねっ!」彼女の声にハウリングして耳に劈いた。

 こつ、こつ、こつ、とトイレの石床に反響する靴音は目の前の扉の前で止まった。軋んだ音を立てて開かれた先からは上下黒のスーツに身を包んだ男が目を細めていた。

「なにやってんだお前は」

「ボス」

「遊んでないで仕事をしろ」

「寂しかったよおぉぉ、うえっぶ」

「野郎に抱きつかれる趣味はねえ」

 抱擁は拒否された顔面に投げつけられたのは給仕用のスーツだった。

「日和。そっちの動きはどうだ」

「対象者は無事よ。問題ないわ」

「戻るまで引き続き頼む」

「了解」

 後ろ手に縛られた拘束を解いてシャツに袖を通していく。

「お偉いさんか来てるんだ。表面だけでも気を引き締めろ」

「そうは言ってもあれほどの美しいおっぱいに絆されないなんて男じやないと僕は思うんだよ。あれはまさに運命かもしれない」

「お前の運命は何十回あるんだ。その惚れっぽさは命取りになるぞ」

「まあその時はその時かな」

 あからさまな舌打ちが耳に差し込んだ小型の通信機から割って入る。

「おいおい、お前らまだ仕事中だ。面倒事は後にし、ろよ!?」

 爆発音を伴った咆哮が建物を揺らして言葉を掻き消していた。

「おい、状況を報告しろ」

 通信機からの応答は無く、立て続けに足元を揺らしていく。

「来やがったか」

 会場内は悲鳴を上げて我先にと逃げ惑う人で溢れかえりその波を駆け抜けて揺れの原因となるものと対峙する。

 分厚い鱗に体を覆われたそれは、本日の主賓のお偉いさんのひとりだった。

 馬鹿でかい体はゆうに三十メートルはあるだろうか。

 歴史ある音楽ホールの天井は抜け落ちて、瓦礫が摺鉢状の客席に降り注いていた。

 舞台上には投げ捨てられた楽器が横たわり、鉤爪の大きな足が踏み潰していく。

 よく見ると金色の髪を靡かせた女が周囲を飛んでいた。

「ちょっとなにやってるの! そこを退きなさい!」

 声を張り上げたのは側頭部で髪を結んで長く垂らした少女だった。

 日和だ。

 彼女はしきりに注意喚起をしている。

「あーあーあーあー。あれは年代物だぞ。あれの保存にどれほどの税金が投入されていると思ってんだ」

 ボスが客席の中伏に位置取る日和に声をかける。

「おーい。無事か?」

「これが無事に見える?」

 指差した腹部には金属片が突き刺さっていた。

「帰ったら治してやる。さっさと片付けろ」

「高くつくけれど」

「構わん。やれ」

 落ちてくる瓦礫を足場に飛び移り上へ上へと登り鱗を駆け上がり竜の目へとナイフを突き立てると足で全体重をかけて深く深く差し込んでいく。

「今よ」

 太古の人間にはそれぞれに魔の力が備わっていたといわれている。

 力は退化し今では使えるものはいなくなっていたが遺伝子として受け継がれた力は粗悪なものを造り込む輩によって闇市場に出回り魔力は暴走しときに被害が生じる。

 それを取り締まり操作する部隊が我々防衛団ゲリラの仕事だった。

 件の暴れる竜も売買に一枚噛んでいたわけだ。

 痛みに抵抗した竜の尻尾に弾け飛ばされ痛みに備え丸まった日和の背中を引き寄せる。

「助かったわ、ありがとう」

「怪我は」

「平気。ついでで悪いんだけれどこれ抜いてくれる?」

 鉄骨が腹部から側部へと突き出て破けた部分から傷口の周囲ではすでに修復が始まり肉が鉄骨を押し出そうとしている。

「動き辛くて邪魔なのよ」

 腕の中に収まるほどの華奢で小さい体に刺さった傷口は痛々しく貫いていた。

「馬鹿ねぇ、躊躇ってどうするのよ」

 人物はよく見れば先程身包みを剥がしてきたあの女の人だった。

「助かったわ、ありが……」

 突き刺さった瓦礫の周囲ではすでに修復が始まり肉が瓦礫を腹部から押し出されていたところを無理矢理引き抜いたために内臓が引き千切られ出血していた。

「な、にを」

 問いかけ終える前に身体をくの字に曲げて派手に咳き込み吐血した口元を拭っていると先程まで腹部に刺さっていた金属片が女の手から客席へと落ちたのが視界の端に見えた。

「ああ、こめんなさいね。でもこの方が治りがはやいかと思って。だって、あなた<造りもの>ドールでしょう?」

 胸に弾かれ、日和の体がたたらを踏んだところを引き寄せた。

「あら、ごめんなさいね。胸が」

「うわ、羨ましい」

 日和からの殺気に言葉を飲み込んだ。

「助かったわ、ありが……この手はなに。この手は」

 手の甲に走った引き攣った痛みに声が上がる。

「いやあ。いいお腹だなぁって」

「こんな時までなにやって」

 膨れ上がった体の隙間から閃光が崩れた天井から夜空へと続き轟音と共に爆風があたりのものを薙ぎ倒していた。

「離しなさい」

「せっかく助けたのに」

「平気よ。治してもらえるもの」

 視線に気づいた日和が答える。

「治してもらえたとしても痛くないわけじゃないだろ。僕は嫌だよ。君が傷つくのは」

「それは私にやめろと言っているの? 私はあんたと同じ隊員よ」

「俺も戦いたいって話」

「私と一緒に戦うつもり? この私に着いてこれるかしら?」

「それは君の方だろう? いつもついてこれずにやめてほしいと泣いて懇願してるのは君の方じゃないのか?」

「ああああぁぁああ、うるさい、後にして馬鹿男」

 無理矢理引き抜いたために内臓が引き千切られじわじわとシャツが赤く染まっていた。

 身体をくの字に曲げて派手に咳き込み吐血した口元を拭う。

 先程まで腹部に刺さっていた金属片が客席へと落ちた。

「あーあ。これ、お気に入りだったんだけど」

「一緒に買いに行こう」

「これは一点ものよ」

「……あー、日和はなにもつけていない時の方が可愛いと僕はお」

 派手に突き飛ばされ、顔を赤く染めた日和の様子に口角が上がっていくのがわかった。

「ば、ばっかじゃないの、死ねっ! 馬鹿!」

 身を翻した日和は竜の尻尾に鉄骨を突き刺し動きを封じていてすでにこちらは気にしていないようだった。

 避難誘導が終わり呆れたボスが避難口から顔を出した。

「お前はいったい日和になにを言ったんだ」

「いやぁ、可愛くて」

「先ほどよりも戦闘力が増したような気がするのはいいが、焚き付けるのも程々にしておけ。深入りすると戻れなくなる」

 鋭い眼光に首元を締められ周囲の圧力が増したような苦しさが肌に纏わりつくついていた。

「奴らはあくまで武器だ。それ以上でも以下でもない。肝に銘じておけ。けして線引きを間違えるな」

「へーい」

 隣の様子を伺うと掴んでいた鉄材がひしゃげて爪にめり込んでいた。

 線引きを間違えてるのはどっちなんだか。

「私の獲物よ。子供は退いてなさい。邪魔よ」

「うちのがなにかしたか?」

 ボスが声を投げる。

「大丈夫よー」

「私だってこの可愛い顔に傷をつけるのは嫌よ」

「だったら大人しく」

「けれど決めるのは私。助けてくれたことには感謝します。でも、あなたこそ邪魔です。あれは私が捕まえます。あなたは退いていてください」

「なになに、喧嘩? もしかして俺を取り合ってる?」

「お前の耳は節穴か」

「きゃっ」

 飛ばされた彼女の背中を受け止めるといいにおいで鼻腔が満たされる。

「あら、さっきの」

「そ、さっきの」

「……あら?」

「ごめんねー。ただで身包み剥がされるわけにはいかないからさ。拘束させてもらうよ?」

 彼女の手首には錠が填められ動きを封じていた。

「ねえ、お兄さん、逃してくれないかしら」

「んー無理かなあ」

「でもお兄さん結構偉い人でしょう?」

「そうだねぇ」

「ねえ、お礼はするから。だめ?」

 強調された胸元には彼女の魅力を増すだけの破壊力があった。

「……お願い」

「ごめんね、僕、君には興味ないんだ」

「それは残念だわ」

「君が犯したいくつかの犯罪は国宝も含まれている」

「あら、美術品だって見られているだけじゃつまらないわ。手に入れたくなるのが人間の性ではなくて?」

「君はこれから収監されるがなにか言い残すことはあるか」

「お茶はいただけるのかしら」

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