ゲリラ
花壁
いくつもの顔を持つ女
「やあバーニー。今日は冷えるな」
「そうさね。今年は南からの花嵐が少なかったからそのせいだろうとラジオで流れていたよ。いつものでいいかい?」
「ああ」
カウンターには札束が積み上げられそれを互いに交換していく。
「いつもありがとう。また頼むよ」
「ご贔屓に」
軽く手を上げて男が角を曲がるのを横目で見送った。
店の前には寂れた空き店舗が目立ち、開発区画から外れたこの地区からはひとりまたひとりと馴染みの顔が消えて今ではここと隣の通りの珈琲豆屋が時折店を開くくらいだった。
そんな場所にやってくるのは大抵が厄介事を抱えている者たちだ。
お金をカウンター下の金庫へと仕舞って何事もなかったように頬杖をついてみせた。
これで冬を越せるだろうか。
そろそろ交代する時期のはずだが一向に来る気配はない。
まったくこれだからこの仕事は嫌なのよ。
シャッターを下ろし奥の板間へと足を踏み入れ住居として与えられたソファーに体を沈めていく。
「ねえ、ちょっと、いるんでしょう?」
「やあバーニー」
老婆の問いに若い青年の声が答える。
姿はないがバーニーは言葉を続けた。
「いつになったら私の仕事は終わるのよ。いい加減疲れるんですけど」
「まあまあ待ってくれよバーニー。もう少ししたら来るはずだからさ」
「ほんとうにぃ?」
「ああ」
「わかったわ。もう少しだけ、もう少しだけこの場所にいてあげる」
声も口調もすっかりと若々しくなったバーニーは着込んだ襟口に手を入れて首に貼りついていた変装用のマスクを脱いでいくと豊かな金色の髪が波打ってあらわれる。
皺々だった顔にはハリと艶が存在し頬は桃色に色づき大振りの青色の瞳が小さな顔に収まっていた。
「あーつーいー」
着込んでいた服を脱ぎ捨てておさえこんでいた胸を解放する。
スリットの入ったドレスは体のラインを強調するにはじゅうぶんだった。
鏡に映る姿はとても美しいことを彼女自身理解していた。
リップを手に取り唇を紅く染め上げ香水を振りかけるとお気に入りのヒールに足を通す。
「バーニー。くれぐれも目立つ行動は控えてくれよ」
「私だって出来る限りそうするつもりよ」
「君はそう言って聞いた試しがない」
「仕方ないでしょう?目立つんだから」
「パーティー会場のトイレに繋いでおいた」
「ありがとう。助かるわ」
ノブに手をかけたバーニーが思い出したように問いかける。
「お土産はなにがいい?」
「君が無事に帰ってきてくれることが一番の土産だ」
「出来るだけはやく帰るわね」
自身の唇に指先をつけて愛情を飛ばすとバーニーは扉を潜って部屋を後にした。
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