第29話 暴食

「我慢しろ我慢しろ……」


 自分に言い聞かせるほど、食欲はどんどん抑えられなくなっていく。


 食べたい。食べたい……食べたい……。

 それ以外に考えられなくなる。

 

 俺の中の天使と悪魔が戦っているが、もはやどっちが何を言っているのか、聞き分けられなくなってきた。


「ラーメン食べたいな……」

 

 そのまま午前中は、そんなことばかり考えて過ごした。

 授業さえ、ぼんやりとしか聞けてない。


「ダイエット、もう辞めたいな。異世界に行った時だけ頑張っても意味ないし。動きたくないし、食べるの我慢したくないし、どっちにしろ杏奈が毎日お菓子運んでくるし、やっぱ俺には向いてないんだ。ダイエットなんて」


 自暴自棄になって、昼ごはんをいつもの倍食べた。お腹が苦しい。

 でもこのくらい食べただけじゃ、まだまだストレスは発散できなかった。

 それでまた買い足して食べる。それが更なる食欲を呼ぶ。


 放課後、大路に呼び止められたが素通りした。

 『何か食べたい』という思いが頭を占領していて、話しかけられているのに気付けなかった。

 

 そんな俺の態度に気を悪くした大路が、背後から蹴り飛ばした。


「うわっっ!」

 完全に気を抜いていた俺は、見事に地面に倒れ込む。


「デブの分際で、なに無視してくれてるんだよ!!」

「ごめんなさい。これから気をつけます。それではさようなら」


「よっこらしょ」と立ち上がると、大路を見もせず立ち去る。


 それが大路を怒らせているとも気づかないでいた。

 仕方ない。俺は今、食べること以外に目が行かないんだ。

 

 再び、背後から蹴られたが、何とか耐えた。

 そして無言で立ち去った。

 

 大路の叫ぶ声が聞こえるが、俺にはなんて言っているのか、全く分からない。


「ラーメン行って、たい焼き買って……」


 ボソボソと呟きながら、回る店の予定を立てる。


 大路のことは放置して、目的のラーメン屋へと向かった。


『やめておけ』そんな言葉が合間合間に出てくるが無視した。勿論、罪悪感の塊だ。


 これを食べれば、もう取り返しが付かなかくなるなんてことは、頭のどこかでは分かっている。


 それでも店に入ると背脂増し増しのラーメンを食べた。


「うまい……」

 ずっと食べたかったのに、泣きそうなほど辛かった。ちゃんと出来ない自分。成果を出せない自分。


 それでこんな所で、こんなものを食べて……。


 これだから痩せないんだ。

 意識が弱い。

 

 家に帰ると、あるだけのお菓子をかき集めら自室に篭もる。

 無造作に一つ取っては開ける。


 涙が止まらなくなった。

 今まで、やろうと決めた事が続いた‪ことはない。


 腕でお菓子を押しのけると、隙間の出来たテーブルに、顔をのせて泣いた。


「こんなんじゃ、もう異世界に行けない」


 自分から溢れ出るのは、満足感じゃなく、罪悪感だった。

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