第25話 気楽な週末
「杏奈、杏奈! 起きろ!! ウォーキング行くんだろ?」
結局週末は、俺の家に入り浸りの杏奈と、深夜までゲームをしたり喧嘩をしたりして過ごした。
朝は雨じゃなかったら歩きに行こうと言い出したのは、杏奈のほうだ。
でも起こす係は、当然、俺。
一先ず俺の腹にドカンと置かれている脚を退かす。
スウェット生地のショートパンツは捲れ上がってて、尻が見えそうだ。
「お前な、一応女子なんだから気にしろよ」
なんて言っても寝てるし。起きてたとしても聞き入れないだろう。
子供の頃から一緒にいすぎて、お互い“異性”という意識に欠けている。
でなければ、大学生にもなって一緒のベッドでなんて寝るもんか。
いや、一応床に布団を敷いてやったんだ。
寝る時は杏奈は布団で寝ていたはずだ。
それが起きたら俺のベッドの中。
「どんだけ寝相が悪いんだよ」
俺も少しくらいは痩せたけど、こうして杏奈が隣で寝ていたらよく分かる。
まだまだ幅に変化はない。
くぅぅぅ。
早く痩せたいぜ!!!!
一向に起きそうにない杏奈をこのまま寝かせておいて、一人でウォーキングに行こうか……。
でも、後ですんごい怒りそうだな。
起こしても怒りそうだけど。
「おーーーい、杏奈さーーーん。俺一人で行くぞーーー」
「…………」
よし、一人で行こう。
杏奈と一緒にやったストレッチのおかげで、筋肉痛も酷くならずに済んだみたいだ。
階段もすんなりと降りられた。
ペットボトルの水を持つと、外に出た。
「やっぱ、異世界の方が気持ちいいな」
緑豊かな公園が施設のすぐ目の前に広がっている。
それに一年を通してずっと心地よい気温なんだそうだ。
羨ましい。
現実世界なんて、周りを見渡しても住宅しか見えない。
高いビルこそないけど、グレーの塀が並ぶ昔ながらの住宅街だ。
河川敷を目指して歩き始めた。
前は大学に行く道を往復したのだが、そういえば反対方向に行くと、少し遠いが河川敷があることを思い出したのだ。
日頃、引きこもりすぎて近所のことすら無知だ。
河川敷なら、片道だけでも三十分くらいか? 川沿いを歩いて帰ると二時間くらいになるだろう。丁度いいウォーキングコースだ。
早朝の住宅街はまだ日陰で風も涼しい。
デブの俺に優しい時間帯だ。
近所の人の挨拶にも会釈で返し、緩い坂道を登る。
「わっ。綺麗!!」
大きな川に朝日が反射して、煌いている。
朝日は眩しいほどのオレンジだ。
「こんな所、もっと早くに気づけばよかった」
ここなら歩くのも楽しい。
年配のメタボおじさんや、お喋りに寄ってるだけのおばさん。
本気モードでジョギングしている男性。
いろんな人がいて、俺が一人で歩いていても誰も気にしない。
それぞれが、自分のペースで進み、適当に引き返す。
こんな風に紛れ込めるのはいいな。
これからも雨じゃない日は来たいと思える。
「杏奈も来ればよかったのに」
後で教えてやろうと思った。
時計を見ながら一時間ほど歩き、家に帰ると、杏奈は案の定まだ寝ていた。
「はは……。起きるまで待たなくてよかった」
俺の枕を抱きしめて、気持ちよさそうに寝ている。
別に杏奈は痩せなきゃいけないわけじゃない。
ノリで言ってるだけだろうし、まぁいっか。
シャワーを済ませると、杏奈の分の朝食も一緒に作る。
魔法の粉を飲むのは、週末は諦めた。
癖のように飲むようになると、物足りない感が半端ない。
「ま、エマさんも週末は休憩のつもりで食べてくださいって言ってたしな」
ホットケーキでも焼こう。
あいつ、ふわふわに焼いたら喜ぶだろうか。
メレンゲから作ろうかな。
どうせ杏奈が起きるのは早くて一時間後だろう。
のんびり作っても問題ない。
「でも、その前に……」
メロンパンに齧り付いた。
二時間も空腹で歩いたから、流石に腹ペコだ。
アイスコーヒーに牛乳を入れてカフェオレを作り、共に食す。
「うんまっ」
ペロリと平らげると、ホットケーキ作りをスタートした。
卵黄と卵白を分ける。
ホットケーキミックスは振るっておく。
卵黄に牛乳、ホットケーキミックスを混ぜ合わせる。
そこにメレンゲを投入だ。
「よしよし、いい感じ」
フライパンを弱火で温めたら、セルクルを置き、その中に生地を流し込む。
そのまま弱火でじっくり焼けば、ふわふわのホットケーキの完成。
母親がお菓子作りにハマっていた時の道具が色々とあるから、見た目も美味しそうにできた。
いやしかし、この量では足りないかもしれん。
杏奈も痩せてるのによく食うからな。
俺は再びメレンゲを作り始めた。
我ながら、料理が苦じゃない性格で良かったと思う。
醤油やタレの匂いも好きだが、この甘い香りも好きだ。
「早く食べたい~」
味見がてらつまみ食いをしようとした時、ようやく杏奈が寝ぼけ眼で起きてきた。
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