第21話 あれから一ヶ月
異世界に通うようになって、おおよそ一ヶ月が経とうとしていた。
毎朝杏奈と一緒に一駅先まで歩くという約束は、ほとんど果たされていない。主な原因は杏奈が起きないことにある。
なので大体は俺一人で歩いて通っているのだが、梅雨時期に入ると雨の日も多く、正直歩いていても楽しくはない。
そしてダイエットの経過を報告すると、これが意外なほどの成果をあげていた。
体重は六キロほど痩せている。
こうしてイヤイヤながらにも続いているのは、目に見えての結果があるからだ。
とはいえ、俺の体重で六キロ痩せたところで、見た目の変化はほぼ無いに等しい。
自分にしか分からないレベルの変化しか、得られていない。
異世界ではまだ体重は測っていないが、体重が三桁のうちは恥ずかしくて知られたくないと言っておいた。
「親が見ても痩せたって気づかないんだもんなぁ」
ちょっとくらい誰かが気づいてくれれば、もっとやる気も出るってもんだ。
元々、百キロ越えの体の迫力は、そう簡単には崩せそうにないらしい。
歩き始めた頃、我慢できずに入っていたコンビニは、通り過ぎルようになっている。
これは自分でも驚きの成長だ。
以前なら、コンビニの看板を見ると“入らなければいけない”という妙な責任感のようなものを感じていたし、ちょっとトイレを借りたいだけの時も、何か買わなければ気まずくて、結局お菓子やジュースを買うハメになっていた。
しかし、今は素通りできている。
そもそも、俺が一ヶ月もダイエットが続いていること自体が奇跡なのだ。
これは、紛れもない。エマさんとステラさんのおかげだ。
あの二人が俺の担当になってくれたから、こうして嫌だ、辞めたいなんて愚痴を吐きながらも頑張れている。
「今日は午前中だけで講義が終わるから、異世界にいく前に買い物を済ませて……」
スマホに買い出しメモを記入する。
お菓子やカップ麺もまだ買ってはいる。
でも、これはちゃんと許可を貰っているから大丈夫だ。
エマさん曰く、『体が痩せていると分からないくらい少しずつ痩せるのが、リバウンドをしないコツ』らしい。
俺くらい太ければ、一ヶ月でもっと痩せてもいいとは言っていたが、それでも結果をちゃんと出しているのが凄いと褒めてくれる。
俄然、頑張っちゃうんだから! ふふん♪
大学近くまで移動した頃になると、ようやく杏奈から連絡が入る。
これも、もうすっかり定番のやり取りとなった。
『なんで、いつもいつも起こしてくんないのーーー!!!!』
電話の向こうではバタバタと準備をする杏奈が嘆いている。
「いや、俺は毎日毎日起こしてるけど?」
『ウチが起きるまで起こしてくれないと、意味ないじゃん!』
「そんなことしてると、俺まで遅刻するだろ」
『ねぇ、一瞬ビデオ電話に切り替えてくんない?』
……全然、人の話を聞いてないな。
ビデオ電話、好きじゃないんだよな……。なんて思いながらも、どうせ繋げないとギャーギャーうるさいから画面を切り替えた。
『あのさー、こっちのスカートと、こっちのワンピ。どっちがいいと思う?」
キャミソール姿の杏奈が画面に近づく。
「バッッ!!! おまっ!! 服着ろよ!!!」
ビックリし過ぎて、頭から噴火しそうなほど毛という毛が逆立った。
もう少しで胸が見えそうだ。
……あいつ、下着つけてなかったような……。
狙ってやってるのか、素でやってるのか……。どっちにしろ、俺を男と見てないから気にもしてないんだろうな。
これがエマさんなら、頬を赤く染めて照れまくるに違いないのに。
『だから、今から着る服を選んでるんでしょ』
どっちか選べとしつこく聞いてくる。
「どっちでもいい」が通用しないことくらい熟知している。幼馴染だからな。
「もう、ワンピースでいいじゃん。すぐ着替え終わるし」
『そうだね~! じゃあそうしよ~』
急いで来いよって言おうとした時には、もう電話は切れている。
本当にマイペースというか、自分勝手というか……。
今から出ても確実に遅刻じゃないか。
きっと明日もこうだろう。この一ヶ月で一緒に通学したのなんて片手で数えるくらいしかない。
そして相変わらず、お菓子やらパンやらアイスやらを俺の元へとせっせと運んできている。
先日、はっきりダイエット宣言をしてやった。
これ以上は邪魔されたくないし。
でも杏奈は「そんなの許さない」と言って、さらに大量のお菓子を運んでくるようになってしまった。
あいつのバイト代、ほとんどお菓子に消えてるんじゃないか? と疑うほどだ。
「なんで俺が痩せるのが嫌なんか、わけ分からん」
むしろ杏奈が協力してくれれば、もっと順調に痩せられた気がする。
俺と杏奈のバトルは、日々激化して行くのであった。
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