第19話 ステラの憂い
「俺、いつまでも散歩してていいんですかね?」
こうして異世界に来ては呑気に散歩をしている。非常に楽しい。
公園には俺たちの他にもたくさん人がいて、中にはジョギングをしている人もいれば、広場でトレーニングをしている人もいる。
それなのに、俺は相変わらず歩いているだけだ。
「悠伍さんはまだダイエット始めたばかりだからね。説明してもいいけど、ボクが説明すると難しくなるから、また明日にでもエマに聞いてよ。まぁとりあえず、今の悠伍さんがあんなトレーニングをするのは危険だからってことだよ」
「太いから、厳しいトレーニングをするんじゃないんですか?」
「それは違うよ。ハッキリ言うけど悠伍さんは体重が百キロ超えているでしょう? その体重のまま激しい運動は負担が大きいを通り越して危険なんだ。だからまずは、ある程度体重を落としてから、少しずつ運動量を増やすって感じかな」
体重を落とすために運動をするんじゃないのか?
うーん。ステラさんの説明だけでなよく分からない。でも、俺はまだ運動ができる体じゃないことだけは、なんとなく理解した。
隣を歩くステラさんは、多分俺の歩くスピードに合わせてくれている。
ショートパンツから伸びるスラリと長い脚は、細いのにしっかりと引き締まっていて、ガリガリとはまた違う。
杏奈が見たら羨ましがるだろう。
あいつがよく雑誌で見ているモデルさんのような脚だ。
「ステラさんも、トレーニングとかやるんですか?」
「ほとんど毎日やるよ! もう日課だから癖みたいなもん。元々、体動かすの好きだしね」
「なんとなく、そんなきがしてました。食べ物も気をつけてるんですか?」
「ボクは太りにくい体質だし、常に体動かしてるからね。あんまり食べるものまでは気にしてないよ。好きなもの食べてる。エマの方が色々頑張ってるなぁ」
空を見上げながら、エマさんの話を始めた。
「エマはね、子供の頃はぽっちゃりしてたんだ。パパと一緒に甘いスウィーツ食べるのが好きでね。でもこの仕事を目指すようになってから、徹底的に自己管理するようになった」
「何か、シスターの仕事をしたいと思うキッカケがあったんですか?」
「うん……」
ステラさんはショートカットの横髪を耳に掛けながら、少し憂いな顔をした。
何か、悲しい理由なのだろうか。
「あの、言いにくいことは言わなくていいです」
「あ……ごめんね。気を使わせちゃったね」
「いや、俺が話を聞いたところで、どうすることも出来ないし」
「察してくれてありがとう」
やはり、何か思い詰めた感じがする。
こんな時、杏奈がいたら気を利かせて楽しい話題に切り替えるだろう。でも俺は、そんな話題がすぐに出てくるわけじゃない。
少しの時間、沈黙が流れてしまった。
ステラさんもどうするべきか悩んでいるだろうか。
今日はもう帰った方がいいのかもしれない。
気の利かないやつでごめん。と心で謝って、今日は帰ると話した。
「もう帰るの?」
「大学で課題が沢山出てて。本当はすぐにやらないといけないんですけど、ここにくるのが楽しみだから、つい来ちゃったんです」
こんな言い訳ならいくらでも出そうだ。
悲しい顔のステラさんを見ていて、何も手助けできない自分が情けない。
「ごめんね。ボクが考えこんじゃったから」
「そうじゃないですよ! ステラさんたちに会うとやる気が出るから。深夜飯だってなんとか我慢できてます」
「それは凄い!! それだけでも一日の摂取カロリーが変わるから、これからも続けてね! じゃあ、今日からもう一つ追加! 夕食後のお菓子やスウィーツ禁止! できそう?」
「うっ……が……頑張ります」
本当にできるのか。
でも痩せないと運動もできないなんて、情けない。
このくらいなら、まだ厳しいうちには入らない。
でも辛い。
食後の甘いものは、大人で言う、お酒のシメにラーメンを食べるようなもんだ。
それを禁止されるなんて……。
俺の固まった表情を見て、ステラさんが吹き出した。
「あはは! やっぱり今日からはやめよう」
「でも……」
「ここは、嫌がることはしないんだ。嫌々やっても続かないから」
他のシスターが担当してる人の中には、あれもこれもやりたくないと駄々をこね、中々痩せない人もいるという。でも最終的には痩せてるから、俺も大丈夫だと妙に説得されてしまった。
「明日までにエマと相談しておくよ。今日のファイルは、このままボクが預かっておくね。もし何かあったら、メモして渡して?」
「分かりました」
「じゃあ、今日は本当にごめんね」
「ステラさんが俺に優しくしてくれてるように、自分にも優しくしてあげてください」
「悠伍さん……」
ステラさんの目が潤む。
デブのくせにカッコつけすぎたなーって思ったけど、響いてくれたみたいで良かった。
ステラさんは俺に抱きついて「ありがとう」と言った。
今日話せなかったことも、いつかは聞いてほしいとも付け加えた。
「俺なんかでよければ」というと、涙を溜めたままの目を細めた。
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