第18話 ハプニング

 帰りは別々に帰るのかと思いきや、杏奈から電話がかかってきて驚いた。

『悠伍、帰りも歩く~?』

 誘っているのかとも思うが、明らかに後ろから友達数人の会話しているのが聞こえる。

 杏奈のことだから、俺が歩いて帰ると言ったら自分もそうすると言い出しかねない。


「いや、早く帰りたいから電車で帰るよ」

『なんか用事でもあるん?』

「用事なんてないけど、放課後は大路に捕まりがちだから急いで大学から離れたいんだよ」

『あいつ、まだやってんの? あ、今ウチの近くに大路いるから直ぐに帰れば逃げられんじゃね?』

「そうなん? 助かった。じゃあ、直ぐに帰るから」


 杏奈のおかげで大路の居場所を把握できた。

 急いで西門から大学を出る。

 ちょっと遠回りになるけど、確実に避けられる。


「大路に見つかれば、無駄に時間使うからな。一刻も早く家に帰って異世界へ行きたい」

 あいつに見つからずに帰れるなんて珍しい。

 俺のことを見張っているんじゃないかと思うほど、至る場所で待ち構えている。

 

 電車に飛び乗ると、どっしりと腰を下ろす。

 昼過ぎの中途半端な時間だから空いている。

 今日は気分がいい。

 大路に会わないだけで、こんなにもスムーズに活動できるんだな。


 駅から出たところで思わず伸びまでしてしまう。

 出来もしないスキップでもしたくなるほどだ。


「さーて、帰ってシャワー浴びて魔法の粉飲んで、出発だ!!」


 汗臭いなんて失礼だし、あの二人はいつだっていい匂いがしている。

 そんなところに汗臭い男が来たら、楽しい時間も台無しだ。

 念入りに体を洗うと、洗濯したての柔軟剤のいい匂いがするTシャツに着替えた。

 

 空腹だが魔法の粉を水に溶いて飲み、なんとか誤魔化す。


 ファイルを手に持ち、いよいよテレビのボタンを押す。

 もう、異世界に行くのにも抵抗は無くなっていた。

 手慣れた感じでリモコンの黄色いボタンを押した。


 瞬きして目を開けると、そこはもう異世界のダイエットの施設の中だ。


「あらぁ。皆勤賞ですねぇ、悠伍さん」

「アナイスさん。こんにちは」

 今日もお尻をぷりぷりしながら歩いている。

 唇は、いつもリップを塗りたてのぷるんぷるんのツヤっツヤだ。

 あんにゅい流し目はどんな男でもドキリとしてしまう。


「頑張ってますねぇ。うふふ」

 バッサバサのまつ毛でウインクを飛ばす。

 現実世界よりも素晴らしい施設なんだから、毎日どころか泊まり込みでダイエットに励みたいくらいだ。

 それを言うと、アナイスさんは腹を抱えて笑った。


「悠伍さん、本当に面白い方だわぁ。そんなの言う人、初めてよぉ。でも、そんなふうに言って貰えるなんて嬉しわね」

 人差し指で俺の鼻先をツンツンする。

 

 そんなに面白いことを言ったつもりはないし、本心なんだけどな。 

 でも笑ってくれたからいいか。

 俺みたいなデブに言われて、引かれるかもしれないなんて心配は無用だった。

 

 アナイスさんが今日の部屋へ案内してくれる。

「じゃあ、今日も頑張ってねぇ」

 肩をポンポンと叩き、受付へと帰っていった。


「いい人だよなぁ。アナイスさん。彼氏いるんだろうな……」

 アナイスさんを射止める男性ってどんあん人なんだろう。

 後ろ姿を見送りながら、ドアをノックしようとした時、中からドアが勢いよく開いた。


「ぅわっ!!」

 よそ見をしていたからドアが開く瞬間を見逃してしまった。

 バランスを崩して倒れ込んでしまった。


「わわっ!! 危ない!!!!」

 ステラさんが、出迎えようとドアを開けてくれたようだ。

 目を見開いたお互いの顔を見合わせたまま、スロモーションで雪崩れ込んだ。

 派手な音を立てて床に転がる。

 俺を助けようとしたステラさんを下敷きにして倒れてしまった。


「ごごごご御免なさいっっ」

 慌てて転がって避けたが、あとほんの僅かで顔が引っ付くところだった。

 ビックリしたのと、ステラさんとキスしそうな距離感に心臓が爆発するかと思った。


 ステラさんが顔をしかめている。

 よりにもよって、こんな華奢なステラさんを下敷きにしてしまうなんて……。骨折でもしてるかもしれない。


「だだだ大丈夫ですか?」

「イッターい! でも大丈夫だから。悠伍さんが咄嗟に抱きしめてくれたからね、ありがとっ」

 どうやら俺のムチムチの腕がクッションになって、大事には至らなかったようだ。

 どこも打っていなかったと分かりホッとした。

 っていうか、ステラさんが細すぎて、抱きしめていた感覚が分からなかった。


 ステラさんはスクっと立ち上がると、パンパンと服を払って立て直す。

 さすが、行動の一つ一つが機敏だ。

 俺も見習って「よっこらしょ」と立ち上がる。


 もう一度謝ると、本当に大丈夫だと笑って見せた。

 俺が覆い被さって、重かっただろうに……。

 胸のドキドキがおさまらない。

 いつも元気で色気とは無縁な感じはするけど、こう言う時はやっぱり女の子なんだなって思う。


「今日はステラさんだけなんですね」

「そうなんだー。昨日はボクが研修で、今日はステラが行ってる」

 エマさんがいないと分かり、少し寂しような、でも緊張しなくていいような、複雑な気持ちになる。


「大丈夫! エマの分までボクが楽しませるからね!!」

 ステラさんが腕まくりをして、早速外に出ようと俺を連れ出した。

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