第16話 杏奈もダイエット?

 起きそうにはない杏奈はそのまま部屋に放置してきた。

 テーブルに鍵とパンを置いてきたから、適当にしてくれるだろう。


『なんで起こしてくれないの?』

 とか、後で怒られそうだけど。


「俺は、一応起こしたぞ!!」

 心を鬼にして歩き始める。


 今日から一駅歩こうと意気込んだが、こんな日に限って天気が良すぎる。

 ちょっと歩いただけで、早くも額からは汗が流れてきた。

 エマさんとステラさんにカッコつけたいからってだけで、こんな季節外れに暑い中、長距離を歩くのか……。

 なんだか馬鹿らしい気もする。

 

 でもここで辞めれば、ずっとデブのままだしな……。

 現実世界って気持ちがブレるんだよ。ずっとエマさん達がいてくれればいいのに。


 肩からかけたタオルで汗を拭きながら、日陰を求めて歩いていた。

 背負ったリュックの中には常に替えのTシャツが二枚入っている。予備のタオルに、下着類。

 着替えだけでカナリの量だ。


 痩せたらこれが全部要らなくなるんだろうな。

 そういえば俺に嫌がらせをしてくる大路も、殆ど手ぶらだ。

 

 エマさんは大路が全部悪いと言ってくれたけど、正直、嫌がられる理由も少しは理解できる。

 だから堂々と反論できない。

 鼻息が荒いし、ちょっとの動きで軽い地震くらいの振動が起きるし、狭い場所でも幅取るし、動きは遅いし……。

 自分の嫌なところを上げて考えと、逆の立場なら嫌がるだろうなって思ってしまう。


 でも食欲には勝てない。

 こんなことを考えながらも、気持ちは目の前に見えるコンビニへと移っている。

 暑いのも相まって、俺の体力は限界に近づいていた。


「ちょっとだけ……休憩だけ……」


 何も買わないと決めて、入店する。

 日差しから逃れただけでも、開放感を感じる。

 アイスクリーム売り場へと自然に足が向いた。

 

「涼しむだけ……。買わない。絶対買わない……」


 ここで買ったら、昨日杏奈を断った意味もないじゃないか。

 せっかく頑張ったんだから、今を乗り越えないと台無しだ。

 大路を見返したいんだったらこれくらい……。


「ああ……チョコミント……。今年は売り始めるの早いな」

 

 この暑い日に、濃厚なチョコとスッキリ爽やかなミントが心を癒してくれる。

 それがチョコミントだ。

 甘いだけじゃないのがいい。

 爽やかなミントの後に、しっとりとチョコが口に残ってくれる。この絶妙なバランスなんだ。

 子供の頃は歯磨き粉の味がするって思って食べれなかったけど、いつから好きになったんだろう。

 今では『チョコミン党』を名乗りたいほど大好物の一つになってる。


 無意識にレジに持って行っていた。

 我に返った時は会計が済んだ後だった。

 あれ? と思いながら、コンビニを出ているではないか。


 自分の手に目をやる。

「ぅおっっ!!」

 さっき買ったチョコミントアイスを握っている。

 当たり前だ。自分で買ったのだから。

 思いを馳せているうちに会計を済ますなんて……。


「恐ろしき、チョコミントの魅了魔法」

 俺はあの瞬間、魔法にかけられたんだ。

 だから抗えなかった。

 仕方ない。一般人が魔法に勝てるわけがない。

 もう買ってしまったし。

 おいしいうちに食べて、しっかり歩けばいいじゃないか。


「アイスに罪はないしな」

 店先の日陰に立ち、一瞬で平らげた。

 食べるのなんてあっという間だな。

 痩せるのは時間かかるのに。

 

 食べる速さで痩せられればなぁ……。


 ……って、こんな都合のいいことばっかり言ってるからダメなんだよな。分かってるから、何も突っ込まないでくれ。


 いつもなら美味しく食べるアイス。でも今日は罪悪感でいっぱいだ。

 エマさん達が聞いたらどう思うだろう?

 きっと、自分で決めたことも守れない、情けないやつだと思われるに違いない。


「はぁ……」

 こんなのでご褒美をもらうつもりか、俺は。

 正々堂々とご褒美をもらうために、頑張らなければいけないだろう?

 

「食べた後で思い出すんだもんなぁ」


 燦々と照りつける太陽を見上げる。

 また暑い中を歩かないといけない。次の駅までまだまだだ。

 気が重い。

 こんなので、明日からも続けられるのか?

 季節は夏に向かっているというのに。


「……あれ? 杏奈?」

 遠くの方から、こっちに向かってくる人影を見つけた。

 俺の目が正しければ、あれは杏奈だ。


 でも、最寄りの駅はとっくに過ぎているけど……。


「あれぇ? 悠伍、こんな所で何してるん? 先に大学行くって……」

「杏奈こそ、なんでこんなところにいるんだよ? 駅はとっくに過ぎてるだろ?」

「だってウチ、いつも一駅歩いてんだもーん! イエーイ」


 なんでそこでイエーイなのかは分からないがな……。


「いつもって……入学してからずっと?」

「そうだよーん♪ 一駅歩くダイエット、ウチの周り結構やってるよ。交通費も安くなるしぃ」

「知らなかった……。他にはどんなダイエットやってるん?」

「えっとぉ……カラオケで踊りまくって、ドリンクお茶だけ~とか。友達の家で動画見ながら踊ったりとか~」

「……踊ってばっかりだな」

「あはは!! だって、楽しい方がいいじゃん。イエーイ♪」


 そりゃ、楽しく痩せられるならそれに越したことはないが。

 簡単に痩せられないからダイエットって続かないんじゃないか。

 大体、ダイエットなんて言っても、杏奈だって毎日お菓子もパンもアイスも食べまくりだ。

 そんなのでダイエットなんて言わないじゃないか。


「ってかさ、いつも俺とお菓子とか食べてるのに、ダイエットって言わないんじゃない?」

「そうじゃないよ。悠伍とお菓子食べる時間が楽しいから、こうして他で頑張ってんじゃん」

「はっ?」


 なんだ、それ。

 変なやつ。

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