第15話 至福の朝ごはん
杏奈がアイスを冷凍庫に入れに行っている間に、どう断るかと、頭をフル回転させていた。
しかし、焦っては何も思いつかない。
階段を上がってくる音がする。もう杏奈が戻って来る。
ストレスで本当に腹が痛くなってきた……気がする……。
「杏奈、今日は本当に直ぐ寝るわ」
「マジで大丈夫? おばさんに薬もらってきてあげようか?」
「それは助かる」
「オッケー! 寝ときなよ~」
再び杏奈が部屋から出ていく。
いい奴なんだよなー。裏表がなくて、誰に対してもあの態度だ。
友達が多いのも納得だ。
「このまま今日は寝よう。なんか色々疲れたし。直ぐ寝られたら、深夜飯を我慢できるのか心配しなくてもいい」
布団に潜り込むと、間もなくウトウトし始めた。
大きなアクビが終わる頃には、夢虚ろになっている。
杏奈に話かけられたような気がするが、返事もせずそのまま深く眠った。
次の日……。
「あ~ぁ、よく寝たぁ……って!! 杏奈!?」
俺の隣で杏奈が寝ているじゃないか。
どうりでいつもより寝苦しい気がしたんだ。
しかも、俺の腕にしがみついて寝てる。いつの間に手なんて握ってたんだろ。
本当に、こいつの行動には驚かされてばかりだ。
とにかく起こして帰らさないと。
「おい、杏奈!! 起きろ! 起きろって!!」
どんなに体を揺すっても、ピクリともしない。魂が抜けているんじゃないかと疑ってしまう。
これじゃあ、毎日遅刻ギリギリになるはずだ。
どうにかベッドから引きずり下ろすと、最悪の機嫌で杏奈が目を覚ました。
「なんん……いたーーーい!! 何すんのよっっ!!」
「それはこっちのセリフだろ!! 自分の家に帰って寝ろよ」
「はぁ? ウチはぁ、悠伍を心配して付き添ってあげてたんじゃん」
ほとんど目を閉じたまま反論してくる。
「付き添ってた奴が、なんでベッド占領してんだよ」
「だってウチ寝相悪りぃから仕方ないじゃん。腹、大丈夫?」
言いながら、またベッドへ這い上がって布団を被る。
そうだった。昨日は腹が痛いって言って、なんとかお菓子とアイスを回避したんだった。
「もう、大丈夫。それはまぁ、ありがと」
「へへ~。じゃあ良かったよん♪ 薬飲まないまま寝ちゃってたからさぁ。ほら、昔もこうして手繋いであげてたじゃん」
「おまっ、何歳の時の話してんだよ」
「えっと……幼稚園とか? 悠伍さ、あの頃体調悪いとウチが付き添っててあげないと、泣いて寝れなかったんだよねぇ」
「それは昔の話! 今は一人で寝られるよ」
杏奈の中で、俺はまだ幼い子供のままなのか。確かにあの頃はよく体調を崩して寝込んでた。風邪が移るからって言って親が引き離そうとすると、杏奈は断固嫌がって俺から離れなかったんだっけ。
杏奈の世話好きはあの頃から変わらないって……。
「なんでまた布団に入ってんだよ!! ほら、俺はもう準備して大学行くから!!」
「まだ早いじゃん。今日は三限と四限だけじゃん」
それはそうだけど、俺は今日から一駅分歩きたいんだよ。
……なんてのは、口が裂けても言えない。
「ほら、おばさんが心配するだろ。今のうちに自分の部屋に帰って寝ろよ」
「むりぃ……ここでいい~」
「いや、だから大学に……」
「いってら~……」
……ダメだ。完全に寝てしまった。
仕方ない。とりあえずご飯食べよう。杏奈はまたそのあとでいいや。
クローゼットに隠してある、魔法の粉は今朝は飲めない。
はっきり説明もできない粉が見つかれば、大変だ。
悪い人に騙されてるんじゃないかと、囃し立てるに違いない。
ここ最近は物足りなさを紛らわせるのに、この魔法の粉に頼ってた。
昨日の夜、何も食べずに寝たから今朝に限って、異常なまでに腹が減っている。
しかし見つかることへのリスクを考えれば、諦めるしかない。
台所に立つと、胸肉を一枚丸々焼いた。
その横で目玉焼きを三つ。丼ぶりに漫画飯ばりの山盛りのご飯。仕方なくブロッコリー。
「鶏肉、美味そう」
皮がないのが残念だが、タレの焦げる匂いが食欲をそそる。
テーブルに並べると、納豆ご飯にガッついた。
「うまい……うまい……」
空腹に白米が染み渡る。鶏肉のタレをご飯にワンバウンドさせて頬張る。
「うまい。もっとパサパサかと思ってたけど、全然大丈夫だな」
肉が口に残っている間に、まだ白米を掻き込む。
「うまい……うまい……」
半熟の目玉焼きからとろけた卵黄が、味変となって俺を飽きさせない。
白米、肉、白米、肉……。こいつらはどうしてこんなにも、俺を夢中にさせるんだ。
箸が止まらないじゃないか。
「ふぅ……。一気に食べちゃったな」
ため息をつくと、皿に残っているのはブロッコリーだけだ。
箸で突く。朝から野菜なんて食べなきゃいけないのか?
今、杏奈が起きてきたら食べてもらうのに。でも、あの様子じゃまだまだ起きないだろう。
ブロッコリーに皿に残っているタレと卵黄を付ける。
この森のようなモサモサが苦手なんだ。
そうだ、とスマホを取り出した。
「エマさんとステラさんの顔を見ながら食べよう」
ロック画面に映し出された美人姉妹の顔を見ると、俄然やる気が出てくる。
「エマさん!! ステラさん!! 俺、漢見せます!!」
ブロッコリーを口いっぱいにねじ込むと、なんとか胃に収めた。
「……なんだ。意外とうまいな」
苦手を克服した。あの二人のおかげだ。
感謝してご馳走様をした。
「今日は魔法の粉に頼らなくても、満腹になった。昨日の深夜飯もなかったのに。あの施設、本当にすごいかも」
後片付けをしながら、痩せた自分を想像してみる……が、想像できなかった。
なにせ、子供の頃から痩せていたことがない。だから痩せている自分なんて全く分からない。
イケメンになりたいなんて思ってないけど、痩せるだけで人生の何が変わるのだろうか……。
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