第14話 揺らぐ気持ち
自室に帰ってくるなりベッドに顔を埋めた。
手の甲に触れたエマさんの唇の感触が、ジンジンと熱っぽくその場所を示す。
「こ、これ……」
ここに自分が口付けたら……か、か、かんせつきっす……。
「はぁ……。はぁ……」
右手を見つめ、口元に持っていく。今ならまだリップクリームが乾いていないかもしれない。
「エマさ……」
脳内にエマさんの顔がリアルに再現される。
俺を見上げて瞳を閉じる。
『悠伍さん……』
唇を柔く尖らせる。
「はぁ……、はぁ……、ダメだっっ!!」
ベッドにドカッとひれ伏した。
間接的とはいえ、今の俺には刺激が強すぎる。
「くっ……。こんなヘタレなんて……」
悔しい。
ただ手の甲で間接キッスをする。それだけの事さえする勇気がないなんて。
自分で呆れる。
全部、デブなのがいけない。
そうだ。俺が痩せてイケメンだったら、もっと違う未来があるに違いない。
ふんっと鼻息を鳴らすと、立ち上がる。
さっきエマさんから貰ったメモを握り締め、家を出た。
外の空気は少し湿気を感じる。夜には雨が降るかもしない。
一応傘を持ってスーパーへと向かう。
「卵……、皮なし胸肉、ササミ、牛肉(赤身)、ブロッコリー……」
メモを読みながら歩く。
牛肉なんて食べてもいいんだ……とラッキーな発見をした。
脂身はやっぱりダメかと落胆したが、それでもダイエットしながら肉が食えるのは有難い。
魚もメモにあったが、魚よりは肉だな。
でもやっぱりパンや麺類は書かれていない。流石にそれは調子に乗りすぎたか。
異世界のダイエットは全然厳しくないから、もしかしてラーメンくらいはOKだったりして……なんて期待をしたが、流石にそれはないようだ。
「まあでも、たまに食べるくらいならいいだろう」
お気に入りのカップ麺も何種類かついでに買った。
「はぁ。ダイエットを始める前に、家系ラーメン食べておけば良かった」
分厚いトロトロのチャーシュー、豚骨醤油の濃厚なスープが太い麺に絡み、口に幸福を届けてくれる。
想像しただけでヨダレの分泌が増す。
エマさんとラーメンの映像が交差する。
どっちも捨てがたい。
気持ちは揺らぎっぱなしだ。
「っていうか、食べてもいいスナック菓子なんてないよな。あっこれ、限定の味だ」
ワゴンに積まれたポテチの袋を手に取る。
……いつもなら三袋は買うけど、今日は一袋だけにしよう。
こうして考えてみると、ダイエット前と変わらず食べられるのって、卵と納豆くらいかもしれない。
買い物カゴに入っているのは、今まで視界にも入らないようなものばかりだ。
っていうか、ダイエットにいい食材を教えてもらったはいいが、調理法なんて知らない。
まさか全部ボイルだったりして……。
「それだけは無理だ……」
油物を食べないと満たされた気持ちになれない。
「明日また、相談しよう」
とりあえず今日は、牛肉をタレ焼きにして食べた。
脂身のない牛肉ってどうなんだろう……と心配していたが、冷めないうちに食べれば問題はない。
しばらくは牛肉メインで食べようかな。満腹感もあるし。
食後に魔法の粉を水に溶かして飲む。
氷も入れて冷たくすると、本当にシェイクを飲んでる気分になる。
一キロくらい入ってそうだけど、すぐになくなってしまいそうだ。
これのおかげで、物足りない感を埋められている。
ほんの数日で必須アイテムにのし上がった。
国から支給されてるなら、他の味も何種類か常備しておきたいな。そうすれば色んな味が楽しめる。
既に明日が楽しみで仕方ない。
言い忘れないようにメモをとる。
ファイルを開くと、今日食べたものを書き込み、備考欄に『調理法が知りたい。魔法の粉の他の味も欲しい』と書いた。
「これでよしと!!」
そういえば今日は珍しく杏奈が来なかった。
もしかすると、買い物中に来ていたのかもしれない。
ほとんど毎日来てるから、一日会わないと三日くらい会ってない気持ちになるから不思議だ。
今は異世界に行っているからか、そこまでの寂しさも感じていなかった。
「そうか、異世界に行くという趣味? 任務? 義務……が出来たからか」
俺にとって杏奈は唯一の友達だけど、杏奈には友達はいっぱいいる。
きっと俺が一人で寂しいと思って、気遣ってくれているのだろうとは前々から思っていた。
あいつは昔から正義感が強かったからな。
俺も杏奈に頼っている部分が大きかったように思う。
でも今日なんて、大学の後から会ってなくても気づきもしなかった。
異世界に行って、買い物に行って、すごく充実した時間を送っていた。
勿論、異世界に行っていたから間食もしていない。
「趣味ねぇ……」
他にも没頭できるような趣味があれば、もっと気を紛らわせるのかもしれない。
ファイルをもう一度開き、その旨も書いてみた。
ファイルは見つからないように、持っていくのを忘れないようにテレビボードの引き出しに入れている。
「早く~明日にならんかな~♪」
鼻歌まじりでベッドに横たわる。
無意識にテレビをつけると、食レポ番組が流れていた。
慌ててDVDの再生ボタンを押す。
「あっぶない。あれは今の俺には目の毒だ」
テレビの画面は声優さんのコンサート画面に切り替わった。
そんなに詳しいわけではないが、最近の声優さんは声だけじゃなく、顔も可愛い。
「やっぱり可愛い人をみると食欲って減るのかもしれない説!」
指でリズムを取りながら歌を口ずさんでいると、いきなり部屋のドアが開いた。
「イエーイ!! アイス食べよーーー!!」
「ビックリした!! あ、杏奈……」
「何、その顔ー! 今日はちゃんと玄関から来たしー」
部屋にズカズカと入ってくると、テーブルの上にアイスを並べる。
もう今日は食べたらダメなんだよ!!!
毎回毎回、どうして断らないといけないタイミングで食べ物を持ってくるんだ!!
「今日、腹痛くて……」
こんな嘘までつかないといけなくなってしまった。
「え、マジ? それでこんな時間から寝てたん?」
「あぁ、そうなんだ。だから治るまでは冷たいものやめとくわ」
「了解~。じゃあ、お菓子にする?」
「ブッ!!」
なんでスナック菓子まで持ってんだよ!!
杏奈には敵わない……。
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