第13話 エマの優しさ
「今日は遅かったですね」
着くなりエマさんが出迎えてくれた。
用事で出かけていたらしく、珍しくエントランスで鉢合わせをした。
受付けを済ませると、そのまま一緒に部屋へと移動する。
今日のシスターの服は、膝下丈のふんわりとしたワンピースだ。
これはこれで、清楚な雰囲気が出ていていい。
むしろ、あまり露出が多いと目のやり場に困るから、俺はこのくらいの丈感が好きかもしれない。
まぁ、本人には言わないけど。
隣を歩いているエマさんに視線を落とす。
俺との身長差から、エマさんのつむじが見える。
背の低いエマさんは俺に話しかける時、自然と上目遣いになるのだが、それがわざとらしくないから余計に可愛く感じる。
「今日も学校でしたか?」
「そうです。今日は十四時くらいまで行ってました」
「そうなんですね。お疲れ様です」
ニッコリと俺に向ける清楚な笑顔が眩い。
勘違いするな、と常に自分に言い聞かせているが、そろそろ本気で好きになってしまいそうだ。
でも、こんなデブの俺なんか……。
痩せたら告白してみようかな、なんて気持ちが見え隠れしている。
「今日はステラさんはいないんですか?」
「ステラは今日は研修なんです」
じゃあ、今日はエマさんと二人きりだ。急に緊張してきた。
「そういえば、ここにきてから体重も測ってないですけど、何も記録されないんですか?」
別に体重測定をしたい訳ではないが、写真を撮られただけでサイズを測る訳でも体重を測る訳でもない。
そうやって目標達成とみなすのだろう。
「今は測らなくていいです。嫌でしょう?」
「嫌ですけど……」
「この施設は、嫌なことはしませんよ。もう少し自信が付いたらにしましょう」
「それは、助かります」
正直、写真だけでも嫌だったしな。
それもエマさんたちは察していたが、痩せた時に見比べるといいと言って撮ってくれた。
これだけ気を遣ってくれると、本当に安心して取り組めそうだと思った。
「今日も散歩に出かけましょう」
二人で外の公園へと出かけた。
今日も心地いい天気だ。
少し歩いただけで汗はかくが、エマさんは少しも嫌がらない。
むしろ代謝が上がってるからいいと褒めてくれる。
現実世界で誰がそんなふうに言ってくれるだろうか。
大路なんて俺の顔を見るなり毒しか吐かない。
この世がエマさんみたいな人で溢れたらいいのに……。なんて思いを馳せる。
「今日、何かあったんですか?」
「何かって?」
「なんとなく、落ち込んでいるように見えたので」
「あ……」
ほんの少しの表情の変化を読んでくれていたのか。
大路にやられて、その勢いで異世界に来たから、そのような顔をしていたのだろう。
「大学で、虐めにあってて……」
正直に言ってしまった。
情けない姿なんて見られたくないのに。
別に慰めてほしい訳でもないし、憐れんでほしくもない。
ただのデブとして接してくれればそれで良かったから、虐められてるなど言うつもりもなかった。
でもエマさんには、そんな俺も認めてもらえるような気がしたんだ。
エマさんは俺のセリフに驚いた顔を見せた。
「そんな!! 人としてあるまじき行為です!!」
「そうなんだけど、俺がデブなのもいけないし」
「体型も顔も性格も、それぞれの個性ですよ。でも太り過ぎは健康に良くないから、ダイエットしましょうと言うだけです。見た目だけで他人を
この世界には、スタイルをバカにする人はいないという。
本当に健康の一環でダイエットが推奨されている。
だからエマさんもステラさんも、俺みたいなやつにも普通に接してくれているんだ。
「人を貶すのって、自分に自信がないからですよ」
エマさんが続けて言った。
「そうなんですか? でも俺よりも細いし」
「スタイルしか悠伍さんに勝てないからですよ。他のところでその人に負けているところがありますか?」
そんなこと、考えたこともなかった。
確かに、高校生の時から大路の成績は俺よりも下だった。
俺は運動神経は昔から良くないけど、だからと言って、大路も飛び抜けてイイって訳じゃない。
そういえば、杏奈が先輩に媚び売ってたとも言っていたっけ?
あれ……、もしかして俺って本当にスタイルしか劣る部分ないのかも。
顔のレベルは俺も大路も、どっちもどっちだ。
俺が痩せたら、もしかするとイケメンになれるかもしれないし。
なんて期待まで抱き始めた。
「エマさんって、凄いですね」
「そんなことないです!! でも、悠伍さんのことを何も知らないのに貶されるなんて、許せません!!」
口をむぅっと尖らせて怒っている。
両手をぎゅっと握り込んでいるのも愛らしい。
自分の中にあった蟠りが、シュワシュワと消えていくような感じがする。
痩せたら、大路にざまぁしてやりたい。
こんなのでも痩せる理由にしてもいいのだろうか。
でも痩せて大路に勝てるなら、やっぱり俺は痩せたい。
「ほら、今日は同じ二時間でも昨日より歩数が断然多いですよ」
部屋を出るときに腰につけた万歩計をエマさんが見ている。
俺も自分の歩数を確認する。
「昨日より三百歩も多い」
「それだけ歩くのが早くなったんです。これまでは、あまり運動量が少なすぎたので体が動くことに慣れていなかったと思いますが、どんどん運動するのも楽になっていきますよ」
確かに昨日よりも沢山歩いたのに息切れも疲労感も全然違う。
たったの二日でこれだけの効果があるなんて……。ただ歩くだけでも自分のためになっているんだ。
それなら、やっぱり明日から一駅歩こうと思った。
激しい運動はまだしちゃいけないって言われてるし。
ダイエットにいい食材をメモしてくれたから、現実世界に帰り次第、買い物に行こうと考える。
「悠伍さんが日に日にやる気になってくれるのが嬉しいです」
なんて言われば、チョロい俺は調子に乗ってしまう。
今日のご褒美に……と、手の甲に触れるだけのキスをしてくれた。
天にも昇る心地になった。
「ステラには内緒ですよ」
と、悪戯にウインクをする。
だらしなく半開きになった口を押さえながら頷いた。
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