第12話 それほど変わらない食欲

 杏奈がくれたバーガーを食べ、また講義を受けてお昼休み……。


「普通に腹が減ってる……」

 あの魔法の粉は大学には持ってこれない。

 エマさんたちは、いつも通り食べてもいいって言ってたけど、なんとなく俺を試しているような気もする。


 今日食べたものを正直に話したら「やっぱり本気じゃない!」なんて、言われてしまうかもしれない。

 ネガティブに考える俺が間違えているのか?


 食堂でお弁当とパンを買うと、あまり使われていない古い棟のいつもの教室へと入る。

 この教室はほとんど使われていないから、人目を気にせず食べられるのがいい。

 大路も昼は流石に友達付き合いがあるから、俺の相手なんてしてられっか!! という感じだ。

 相手にしてくれなんて、頼んだ覚えもないけど……。


 エマさんたちがなるべくゆっくり食べろと言っていたのを思い出した。

 朝ご飯は丸呑みに近いスピードで食べてしまった。

 普段意識していないことは、すぐに忘れてしまう。これがデブの定……。


「いただきます」

 手を合わせると、なるべくゆっくり口にご飯を運ぶ。

 これが想像以上にストレスだ。

 ガッついて食べたい。大きな口を開けて食べたい。

 これがストレスに思わなくなる日は、多分一生来ないと思う。

 そのくらいストレスだ。


「ふぅ……」

 お弁当は一旦置いて、パンを先に食べた。

 気持ちを落ち着かせないことには、食べた気持ちになれない。


 デザートにしようと思っていたメロンパンとチョココロネを平らげると、少し気持ちに余裕が生まれた。


「よし、これでお弁当はゆっくり食べれるぞ」

 深呼吸をしてから、お弁当を食べた。

 昼休みのほとんどの時間をかけて食べると、すぐに次の講義へと向かう。

 あんまり食べた気がしない。

 もう少し食べたいが、ゆっくり食べたせいでもう時間がない。

 仕方なく買い足すのは諦め、勉強に意識を逸らした。


 もしかすると、ゆっくり食べろと言うのは買い足す時間を作るな。と言う警告だったのかもしれない。

 満腹中枢に関わる理由かと思っていたが、そうではないようだ。

 なるほどよく出来ている。


 食べることに時間を費やすことで食べ物が追加できない仕組みになっていたなんて、俺にはない発想だ。

 やっぱり、ダイエット専門のアドバイスは奥が深い。


 午後から一つだけ講義を受けると、一目散に家路についた。

 今日は杏奈がバイトが休みの日だから、『家にはいない』とだけメッセージを送っておいた。

 どうせ友達と遊ぶだろうけど。

 

 しかし神は今日も俺に試練を与える。大路に見つかってしまったのだ。

「ゴラ、豚。早足のつもりか? 徒歩で追いつくわ」

「もう……俺のことは放っておいてください」

「は? 声が小さすぎて聞こえねーけど!」

「あの……俺には、関わらない方が……」

「何言ってんの? お前に関わったらどうなるってわけ? お前、何様だよ!!」

 腹に思いきりグーの手がめり込んだ。

「くはっ……」

 目が飛び出すかと思うほど見開いて、呼吸は完全に奪われた。

「きったねー。唾飛んでんじゃん。弱いくせに、偉そうに言ってんじゃねぇよ!! お前はブヒブヒ泣いてりゃいいんだよ」


 偉そうに言ったんじゃない。

 俺と一緒にいると友達と思われるんじゃないか? って聞きたかっただけだ。

 話を聞こうともせず、いきなりパンチなんて酷すぎる。

「おら、謝れよ」

 髪を鷲掴みにして煽ってくる。

「い、痛い」

「誰が痛いって言えっつった? 謝れっつってんだろ」

「ごめんなさい。離して」

「ブヒブヒだろ!?」

「……ぶ……ブヒブヒ……」

 大路が声高らかに爆笑した。その弾みで手は離してくれたが、頭皮がジンジンしている。

 一礼するとそそくさと距離を取った。


 今日はこれで満足してくれたようだ。

 追いかけて来ないのを確認しつつ、駅へと急いだ。

 気が変わって追いかけられでもすれば大変だからな。


 電車で二駅。

 歩けなくもないのか? いや、流石に遠い。

 家から一駅先までなら……。


 景色をボーっと眺めながら考えていた。

 帰りはとにかくすぐに電車に乗りたい。大路から逃げるためにも。

 でも朝に一駅分だけなら害はない。

 それで早朝の散歩をやめられるし、効率良く運動できるんじゃないだろうか……。


「なんてな。考えだけは浮かぶんだけど……」

 ブツブツと自分にツッコミを入れる。

『こうしよう、ああしよう』を実行したことがない。

 昨日の朝の散歩は、奇跡の行動だ。

 自分を褒めてあげたいほどに。


「でもなー、これからどんどん暑くなるし……大学に向かいながら汗はなるべく抑えたいんだよな」

 ただでさえ、直ぐ汗だくになるのに歩く距離を伸ばせば、より汗の量が増えるのは確実だ。

 汗さえかかなければ、もっと動いてもいいと思えるんだけど……。


 結局最寄りの駅まで電車で移動すると、帰り道のコンビニに寄った。

「いや、待てよ?? 今からエマさんとステラさんに会うのに、何おやつ買おうとしてるんだ」

 慌てて引き返す。

 危なかった。無意識領域は危険がいっぱい。

 なんとかエマさんたちの顔を思い出して危険を回避できた。


 スマホを取り出して、二人の顔を眺める。

 ニッコリと笑った二人にこれから会いに行く。カッコイイところを見せたい。

 家に帰るなり、魔法の粉を取り出して二杯飲んだ。

「よし!! 行くぞ」

 玄関の鍵を確認し、自室の窓も鍵がかかっているのを念入りにチェックすると、テレビのスイッチを入れた。

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