第11話 杏奈の誘惑

 深夜飯だけは禁止されてしまった。

 そのくらいならどおってことない。なんて考えは甘かった。

 時計の針が回るほどに、俺の腹の音は大きくなる。


「こんなツラいなんて思わなかった」

 ため息がかき消されるほど、腹の音がうるさい。

 思い返してみれば、深夜のカップ麺、マヨネーズご飯に唐揚げ、お惣菜パン。最高に美味い。夜が更けるほど、お菓子というよりもご飯系が食べたくなるのが不思議なんだよな。

 太りそうだなって思いながらも、妙な闘志でガッツリやっちゃいたくなる。

 

「はぁ……。そりゃ、太るよなぁ……!! 腹減ったーーー!!!」

 小声で叫ぶと、今日もらった魔法の粉を思い出した。

 これならいつでも飲んで良いんだった。


 とりあえず説明通りに作って飲んでみる。

「普通に美味い!」

 チョコレートドリンクそのものだ。

 これで痩せるなら、楽すぎる。なんて思うほどだ。

 しかし一杯では流石に満たされず、もう一杯飲んだ。

 一回で何杯まで飲んでもいいのか、明日聞いてみようと思い、今日のところは二杯でやめておいた。


 魔法の粉の効果はすごかった。これが異世界の力……。

 時間が経つにつれ、空腹感が和らいでいく。

 満腹ってわけではないけど、それでもすぐに寝れば寝られなくもない……ってくらいには誤魔化せている。


 いつもなら、ここからテレビを見たりするけど、大急ぎで布団に入った。


 翌日。

 目覚ましよりも若干早く目が覚めた俺は、散歩に行こうと思ったが、とりあえず昨日寝て観られなかったアニメを見る。

 すぐに動けばいいのに……とは常日頃から思っているが、現実はそうはいかない。

 重い体を動かすにはそれなりの覚悟と勢いが必要だ。


 しかも朝はエマさんもステラさんもいない。

 こんな状況で散歩に出かける人を頭の片隅で尊敬しながら、三本のアニメを見終えた。


「腹減ったな……」


 ダイエットを始めて気づいたこと。

 腹が減るのが異常に早い!!

 これまでは、空腹なんて感じなかった。


 それは腹が減る前に何かを口にしていたからだ。


「こんな時になるまで気づかないなんて……」


 そりゃ、太るはずだよな。

 ステラさんなんて、あんなに華奢な体をどうやって維持してるのか、想像しても分からない。

 断食でもしてるんじゃないかと思う。

 時折、同じ人間で間違いないか確認したくなる。

 

 また魔法の粉を飲んだ。

 甘くて美味しい。また二杯飲んでから、ご飯の準備をする。

 冷蔵庫から卵を三個。醤油、納豆。海苔の佃煮を取り出す。

 冷食のトンカツを温め、卵焼きに、ウィンナーを一袋全部焼く。


 コーンパンを頬張りながら手際よく準備するとテーブルに並べた。


「今日も絶景、絶景」

 手を合わせて頂きますをすると、ご飯を頬張った。


 幸せだ~!! 炊き立てご飯、本当に神!!

 目覚めてよかったって思わせてくれる。

 その上に納豆と海苔の佃煮を乗せて一緒に食べると、これがまた絶品なんだ。


 ウィンナーのパリっと弾ける脂は毎日食べても飽きないし、冷食のトンカツだって、チンした後に、ウィンナーを炒めた後のフライパンで軽く焼けば衣がサクサクになる。


 今日も完璧な朝ごはんだ。

 大学が二限目からだから、ゆっくり食べられるのも相まって、美味しさを丸呑みして朝食を終えた。


 なんだか、いつもよりも腹が苦しい。

 普通なら、ご飯を食べながら大学へ行く途中のコンビニで何を食べようか考えるところなのに、今日は正直もう食べたくない。


「えっ。本当にこの粉、凄い効果なんだけど」

 家族の誰にも見つからないように、管理しないと。

 自分のものを守る習性はデブの象徴だと言えよう。

 それでもこんなに良いもの、今は杏奈にも教えたくない。


「っていうか、こんなの見せたら異世界に言ってるのを白状するまで離してもらえないだろうな」

 自室のクローゼットの中に仕舞うと、歯磨きをしにまた一階へと降りた。


「悠伍ー!! おっはよーーん!!」

「は? 杏奈? 朝起きてるってどういうこと?」

「そんな珍しいみたいに言うなし~! 一緒に食べようと思って朝バーガー買ってきたよ! イエーイ」

「うわー食べたいけど俺、今食べたばっかりなんだよ。おやつまで置いとこうかな」


 俺の言葉に、杏奈が愕然とする。

 そんな、お先真っ暗みたいな表情しなくてもいいじゃないか。

 たかが一緒に、朝ごはんを食べられなかったってだけだろう?

 それとも、また俺と一緒に食べたかったって言って泣くのか?

 いつまでもそれが通用すると思うな……。


「腹でもイテーのか?」

「痛くない!! 全く、なんで俺が断るたびに腹痛を疑うんだよ」

「だって悠伍が食べ物断るなんて、病気としか思えないじゃん」


 またこの会話の繰り返しだ。

 俺のこと、どんだけ食うやつだと思ってるんだ。

 確かに今まではそうだったかもしれないけど、俺は生まれ変わる……ことにもうすぐ成功する予定だ。

 今度からは、いくら杏奈でも思い通りにはさせない。


 っていうか、魔法の粉を先に隠しておいてよかったと、内心安堵した。


「っていうか、杏奈まだスッピンだけど二限目に間に合うの?」

「ゲッ!! ヤッバー!! 一旦帰るわー」

 俺の分の朝バーガーは置いて行ってくれた。

 そういうとこ、いい奴だよな。


 本当にこんなので痩せるのかと思いつつ、バーガーはおやつにありがたく食べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る