第10話 優しいダイエット

「あの……ダイエットを始めたのに、走ったりトレーニングをしたりしなくていいんですか?」

 エマさんたちからは何も言い出さないから、俺から質問をしてみた。

 もしかすると、自分のやる気を試されているのかと思ってみたが、返ってきた言葉は違っていた。


「悠伍さんの場合は、今まで全く運動をしていなかったから、まずは体を動かすのが楽しく思えるようになるまでは激しい運動はしませんよ」

「そんな呑気なので大丈夫なんですか?」

 今日みたいな、ただ楽しい散歩だけなんて痩せた気はしない。


 でもステラさんもエマさんに賛同した。

「悠伍さんくらい体が大きいと、いきなり激しい運動は体の負担も大きいし、長続きしないよ」

「一番大事なのは継続することですから。私達、長ーーーーいお付き合いになりますよ♡」

「ひゃい……♡」


 長いお付き合い確約しました。ありがとうございます。

 俺が痩せるまではずっと一緒にいられるんだと思ったら、のんびりでもいいか。という気持ちになってきた。


 ———いや待てよ。

 期間が長くなればなるほど、最後のご褒美をもらえるのも先延ばしになると言うことでは?

 それはそれで悩んでしまう。


 それに、俺が痩せればエマさんとステラさんともお別れなんだよな。

 そうしたら二人はまた別のやつに……。

 想像もしたくない。ずっと俺の専属でいてほしい。

 早く痩せたい気持ちと、ずっと一緒にいたい気持ちが交差する。


「そういえば、写真を撮ってもいいですか?」

「俺の? あんまり好きじゃないんですけど……」

「一応規則ですので。痩せた時に見比べると、モチベーションにもなります」


 エマさんに言われると断れない。

 仕方なく壁際に立ち、前、横、後ろからの写真を撮る。

 確認しますか? と言われたが、痩せた時に見ますと言って丁重に断った。


「あの……エマさんとステラさんの写真も撮りたいんです。向こうに帰った時、二人の顔を見ると頑張れそうな気がして」

「いいじゃん!! 撮ろうよ、エマ!!」


 ステラさんがノリノリで返事をしてくれ、持参していたスマホで撮影した。


「か……かわいい……」

 ステラさんがエマさんとのツーショットを自撮りしてくれた。

 画面いっぱいに映る美人姉妹。

 これなら離れていても、ずっと二人を眺めていられる。


 何を言っても否定されないと分かると、欲求がエスカレートしてしまいそうだ。

 気をつけようと心に誓う。


「これで、食べるのも我慢できそうです」

 お菓子もジャンクフードも深夜飯も、今日から本格的に我慢すると宣言した。

 しかし……。

「そんなに何もかも一度にやめなくて大丈夫です。深夜のご飯だけやめてみましょう。もし、どうしてもお腹が空いたら、これをお水に溶かして飲んでくださいね。ここの施設の特別な粉なんですよ。飲むとお腹が満たされます。お昼は好きに食べてください」


 魔法の粉だと言って、デカいプラスチック容器を渡された。

 これを飲むだけで、本当にこのブラックホールばりに食べ物を吸収可能な腹が満たされるのか?

 でもこれで昼は存分に食べてもいいし、杏奈との時間も確保できる。

 半信半疑ながらも、ここは素直に了承しておく。


 この魔法の粉が、どれほどの効果があるかは分からない。でもエマさんの説明曰く、寝起きでも寝る前でもおやつ時でもご飯の前でも、本当にいつ飲んでくれても構わないとのことだった。

 

「とりあえず、飲みやすいチョコレート味にしましたけど、他の味も色々あるのでご希望があればおっしゃってくださいね」


 エマさんが柔らかく微笑んだ。天使のような笑顔だ。

 

 この粉はエマさんやステラさん、そして他のシスターも毎日飲んでいるのだと言う。

 それなら安心して飲めるし、これも支給されるのだから本当にこの施設は凄い。


 そして今日もあっという間に夕方になってしまった。

 名残惜しい。もっと二人と話していたい。

 帰り際、何気に言われた一言で自分自身に驚いた。


「悠伍さん、今日は間食しませんでしたね」

「あっ本当だ。いつもならお菓子と炭酸飲料は必須なのに。二人といると、自然と何も欲しくなくなってました」

「悠伍さんって、本当にボクたちを喜ばせるのが上手だよね~」

 ステラさんが太陽のような笑顔で言う。

「本当に!! これは社交辞令とかじゃないです」

「私たちも、とても楽しかったです。また、明日もいらして下さいね」


 それじゃあ、とステラさんが今日のご褒美は何がいいか聞いてきた。


「ご褒美は目標達成した時じゃないんですか?」

「だって、悠伍さんは今日もいっぱい頑張ったから」

「そうですよ。今日の悠伍さんも、ご褒美をもらうに値するくらい頑張りました」


 頑張る基準が低すぎる気がする。

 もしかしたらゲームと同じかもしれない。初めはすぐにレベルアップできるけど、途中からなかなかクリアできないやつ。

 それなら始めたばかりの俺は、大いに甘えてもいいのかもしれない。

 今後は苦しみそうだし。


 またハグをしてくださいと言ってみた。

 するとステラさんは「頬擦りもしちゃお♪」なんて言ってほっぺをすりすり擦り寄せた。

 エマさんもそれに習い、反対側にほっぺを擦り寄せる。


 顔が近い!!!

 こんなの唇が触れても事故だぞ!!!

 卑猥な感情を抑えるのに必死だ。

 

 二人に別れを告げると、そそくさと自宅へと帰った。

 

 ソッコーでベッドにひれ伏すも、心臓がバクバクとうるさい。

 あれでドキドキしない男なんていないだろう。

 ましてや俺は女性への耐性が皆無に等しい。どんな反応を見せればいいのかも分からない。

 胸がいっぱいで食欲さえなくなっている。


「うぅぅぅーーーん!! かわいいすぎるだろーーーー!!!」

 一人ベッドで悶えた。

 今日ばかりは杏奈がいなくて良かった。

 こんな姿を見られたらドン引きされるに決まっている。


 今のうちに悶えられるだけ悶えておこうと、狭いベッドの上で体を揺らした。


「……本当は仕事でやってるんだよなぁ」

 ピタリと止まって考える。

 あんなに優しいのだって、本心なわけない。

 だってこんなデブ相手に、仕事じゃなきゃ近づきたくないに決まってる。

 大学でだって、あれだけの人がいる中で杏奈以外の人からは敬遠されてるんだ。

 

 本気にしちゃいけない。

 全てはダイエットのためだ。

 せめて二人に幻滅されないように頑張ろうと思った。

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