第7話 前途多難のダイエット

 目覚まし時計の音で目を覚ます。

 早起きは特に苦じゃない。苦じゃないどころか、腹が減って自然と目が覚める。

 いつもなら、台所へ直行だ。しかし今日からは違う。


「腹減った……。でも、昨日のパンを消費しないと」


 ダイエットの契約をしておいて、いきなり間食にパンを三つ食べましたなんて、恥ずかしくて言えない。

 せめて、少しくらい運動しないと……。


 Tシャツとスウェットパンツの部屋着のまま、家を出た。

 外はまだ朝日が登り始めたばかりだ。

 それでも意外は程に、散歩をしている人やジョギングをしている人、犬の散歩をしている人。既に一日をスタートさせている人の多さに驚いた。


「おはようございます」

 すれ違う人が気軽に挨拶をしてくれる。

「お、おは……おはよ……」

 いい終わらないうちに、過ぎ去ってしまった。

 最後まで聞かないんかい。なんて思っていたが、誰も俺が挨拶を返そうかどうかなんて気にしていない。

 自分が挨拶をしたいからしている。それだけだ。

 人間って、結構ラフなんだな。

 あんまり身構えなくてもいいと分かると、挨拶にも会釈で返して散歩を続けた。


 早朝は涼しいという点でも都合が良かった。

 ちょっと動いただけで汗だくになる俺は、気温が高いというだけで体力が消耗させる。

 こうして一時間くらい歩いただろうか。

 ウォーキングとはとても言えない歩き方ではあるが、それでも自分では満足なほどの達成感を得た。


 帰ってシャワーを浴びると、Tシャツは色が変わるほど汗で濡れている。

 

「涼しくても、こんだけ汗かくんだ。十キロくらい痩せた気分だな」

 試しに体重計に乗ってみる。しかし、期待とは裏腹に一キロも痩せていなかった。


「あれだけ歩いても痩せないのか」

 何だかやる気無くす。

 これだからダイエットって続かないんだよ。もっとすぐに効果の出る方法があればいいのに。

 しかも歩いたから余計に腹が減ってる。

 運動したし、ちょっとくらい食べてもいいだろ。

 朝ご飯に、山盛りの白米と昨日の残りの唐揚げに、コロッケも平らげる。

 

 服を着替えると家を出た。


「杏奈、まだカーテン閉まってる」

 いつものことだ。今ならのんびり歩いて行けるのに。

 一応電話を掛けたが、いつも通り出なかった。

 

 今日は午前中しか講義がないから、帰ったらすぐに異世界へ行こう。

 そう思っただけで、気持ちが晴れる。

 いつもなら、あいつ。俺を虐めている大路たちにビクビクしながら一日を過ごす。

 どのルートから帰れば見つからないか、今日も無事に昼食を一人で食べられるか。そんなことばかりに気を取られている。


 でも今日は違う。

 エマさんとステラさんに会いに行くと思うだけで、気持ちがはやる。

 無意識で鼻歌まで飛び出しそうだ。


「おい、お前。何ヘラヘラ笑ってんだよ。気持ち悪い」

 出た。大路裕輝おおじひろき

 待ち伏せていたかのように、大学の門を潜ったすぐのところで待ち構えていた。


 思えば高校生の時にこいつと同じクラスになったのが、運の尽きだった。

 他の生徒は別段俺が太かろうがなんだろうが、何も触れたりしなかった。

 そこにこいつが現れたのだ。


 そこから仲間を引き連れ、虐められる三年間を送る羽目になる。

 思い出しただけでうんざりする出会いだ。


「何、無視してんだよ!! ブタの分際で!! 生意気なんだよ。俺と同じ学部に入りやがって。こっちは迷惑してんだよ」

 

 巻き舌にしてまで言う内容じゃないだろ。

 視線を合わせないよう、足元に焦点を当て前を通り過ぎようとした。

 そのタイミングで大路が足を引っ掛けた。


 周りの注目を集めるほどの音を出して倒れこんだ。

 砂埃が立ち込める。

 ビル一棟くらい崩れ落ちたと同じレベルの地響きと共に、俺は地面に平伏した。


「ゴホッゴホッ!! ヤッベェ。地震かと思った」

 手で埃を払いながら大路が言う。


 周りから見る目も冷たいものだった。

 声もかけず、気まずそうに通り過ぎていく。

 別にいい。

 人間なんてそんなもんだ。

 それよりも、俺に足を掛けたのは大路なのに、足が痛いと騒いでいるのが気に入らない。

 俺なんて派手に倒れて全身が痛い。腹が張り裂けるかと思った。

 泣きたいのは俺のほうだ。


 無言で立ち上がり、歩き出した。

 大路が後ろから叫んでいる。慰謝料を払え、とかそんな内容だ。

 そんなものは知らない。それなら俺の汚れたTシャツを買って返せ。

 心の中で舌打ちをした。

 せっかく朝から気分が良かったのに、大路のせいで台無しだ。

 誰が朝からあいつに会いたいもんか。

 俺をこんな目に合わせるために朝早く来ているのかと思うと、余程暇人かと考えてしまう。


 今日はすぐに帰れるから。

 自分に言い聞かせて一限目の教室へと向かった。


 普段、大学では話はしないと約束している杏奈であったが、さすがに今日にの俺の汚れっぷりには驚きのあまり声を上げた。


「悠伍! 何その状態は!!」

「ばっ!! デカい声出すな。さっき門のところで派手に転んだだけだ」

「ああ、もしかして地震と思ったやつ、悠伍が転んでたの?」


 ……そんなに揺れたのか?

 やっぱり痩せようと心に誓った。

「別に怪我もしてないし、大丈夫だ」

 そそくさと杏奈と別れると、ロッカーに置いてある予備のTシャツに着替えた。


 早く帰って異世界に行きたい。

 頭の中は、エマさんとステラさん姉妹でいっぱいだ。

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