第6話 最後の暴食!?

「杏奈!! 杏奈!!」


 部屋のカーテンはすぐに開いた。

 泣きっ面の杏奈が顔を出す。


「何?」

「あの……さっきはゴメン。せっかく買ってきてくれたのに」

「別に。ウチが勝手に買っただけだし。いらないなら、おばさん達にあげれば?」

「いや、その……。一緒に食べようかなって……思って……」

「ダイエットは?」

「明日から、すれば良いから」


 そう言った途端、あんなの表情はパッと明るくなる。


「マジ~? ってかダイエットとか、しなくて良くな~い?」

「いやぁ……それは……でも、ちょっとくらいは痩せないと、健康にも悪いし」

 まさか綺麗なお姉さんからのご褒美を狙っているだなんて、口が裂けても言えない。

 バレた時の杏奈のリアクションが怖い。


 杏奈は俺がパンを食べると分かると、早速窓を飛び越えて来た。


「ってかさ、ソーセージのパンって昔からあるのに、未だにNEW!ってシール付いてるの謎なんだけど!」

 怒っていたのが嘘かのように、ケラケラと笑う。

「マスタードの種類が変わったんじゃない?」


 二人で同じパンの袋を開ける。


「「変わらずウマイ!!」」

 結局、ソーセージのパンのどこがNEW!になったのかは、二人とも分からなかった。


「杏奈はいいよな。食べても太らないんだから」

「ええ? ウチ、これでもカロリー消費してるんだよ? カラオケ行ったりとかぁ、ゲーセンで太鼓叩いたりとかぁ……」

「それって、運動でもないんじゃ……」

「あぁ! あと、毎日遅刻ギリギリだから大学まで走ってるわ!!」

「それは……早起きすればいいのでは……」

「それが出来るなら、もうやってるつーの!!」


 杏奈の隣は心地良い。

 緊張しなくていい。

 本心で喋れるのがいい。

 これは杏奈の性格のおかげだと、密かに感謝している。


 だから、泣かれたりすると焦る。


 脳裏にはずっとエマさんとステラさんの顔が浮かぶが、『これだけ食べたらやめよう』と自分に言い聞かせ、杏奈との時間を楽しんだ。


「あーー!! マジでお腹いっぱいなんだけどぉ!!」

 ちょっと寝ると言って杏奈が俺のベッドに横になる。

 俺が寝たかったのに……と思いながら、大の字になって寝ている杏奈に視線を送る。


「なぁに? 悠伍も一緒に寝るー?」

 細いヤツの基準で言うな。俺一人でもこのベッドはギリギリなんだ。


「床に寝転ぶからいい」

 満腹で抵抗する気にもなれず、そのままゴロンと寝転がった。


「いいじゃん、子供の頃は一緒に寝てたじゃん。そんな遠慮すんなって!!」

「いやいや、杏奈が寝てていいよ。俺、もう動きたくないし」

「何だよぉ~、誘ってんのに~」


 杏奈がまたブツブツ文句を言っているが、俺は既に夢見心地だ。

 突然異世界に飛んだ疲労が、満腹になったと同時に出てきたんだろう。

 このまま寝たら、何だかエマさんたちの夢が見られそうな気がする。


『悠伍さん、今日もハグしますか?』

 なんて言われるかもしれない。

 でもステラさんの華奢なウエストを思い出すと、見た目とのギャップでそれはそれで萌える。


「どっちも可愛いよな……ふふふん……」

 寝ぼけて戯言たわごとを口にしてしまった。


「どっちもって、誰と誰?」

 杏奈に話しかけられてハッとした。

 俺、どこから喋ってた?


「ねぇ、悠伍。誰の話してんの?」

 恐る恐る杏奈を見ると、とてつもなく不機嫌になっている。


「え……えーっと……夢を見ていまして……」

「それで?」

「あの、ほら。最近ハマってるアニメの女の子、俺が前に言ってた」

「ああ!! 何だ、ビックリするじゃん。悠伍に女の影とか心臓に悪いからやめてよねー!」


 ……何で俺に女の影があったらダメなんだ……。

 別に俺から杏奈に、男の影をチラつかせるななんてのも、言ったことないだろう。

 そんなのは好きにさせてくれよ。


「俺だって、そのうち……痩せたら……」

「はぁ!? さっきから痩せる痩せるってさ、好きな人でも出来たん?」

「はぇ?」


 好き……?

 もしかして、この気持ちは好きという名前のやつなのか?

 今まで恋愛なんて無縁すぎて、恋する気持ちがどんなものか知らなかった。


 でもそれだとしたら、俺はエマさんとステラさん。どっちに恋をしているんだろう。

 エマさんはおっとりとしていて、おっぱいも大きくて、なんかふわふわで癒される。

 ステラさんはハッキリとした性格で、スラリと高い身長でモデルさんみたいだ。

 あの元気な振る舞いに、こっちまで気分が上がる。


 二人とも、それぞれステキだ。

 どっちかだけを選べと言われても、それは無理だ。今の時点では。


「好きな子って、一人じゃないとダメなんかな?」


 恋愛経験が豊富そうな杏奈に相談してみると、なぜか益々不機嫌になった杏奈は「知らない!!」と言って帰ってしまった。


「……何で怒ってんだ? 自分から聞いといて」

 

 呆然とする俺をよそに、カーテンまでピシャッと閉められてしまった。

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