第4話 始まりのご褒美

 刺激が強すぎる。

 俺はこのダイエットで成功し、さらにはDTも捨てるというのか。

 こんなのアオハルじゃないか。青春じゃないか。

 信じられない。夢かもしれない。

 でもどうか現実であってほしい。

 なんなら、痩せるまで現実世界に帰れなくてもいい。

 一生ここで暮らしてもいい。


「……さん? ゆ……さん?」

「ゆーごさーーーん!!」

「ひゃーーいっ!!」

 大声で呼ばれ我に帰った。夢ならここで覚めるはずだ。でも目の前には変わらず二人の姿がある。

 じゃあ、やっぱりこれは……。


「悠伍さんは異世界から来られたんですね。えっと……日本!」

 俺の不安も気にせず、エマさんは説明を続ける。

「はい。そうです」

「日本からもよく来られますよ。お得意先の一つです」

「そうなんですね。なんとなく、安心しました」

「では、ここからは転移する際の説明をします」


 そこからは、俺がこの世界に来るための注意点などを教えてくれた。


「この世界に来られるのは朝九時~夕方五時までです。悠伍さんの場合は……お部屋のテレビですね。リモコンの黄色いボタンを押してもらえれば、この世界への出入り口が開きます」

「あ……確かに、今日も間違って押したかも……」

「ふふ……。ドジっ子さんですか?」

「え、いや……そういうわけでは……」

 優しいエマさんにドキドキしてしまう。

 ほんわかした雰囲気と喋り方が俺を癒してくれる。

 エマさんと喋っているだけで胸がいっぱいになって、気持ちがふわふわ浮ついて落ち着かない。


「いつ来ていつ帰ってもいいですが、終了時間は厳守でお願いします。もし夕方五時を過ぎてもここに残っていたら、もう二度と元の世界には帰れなくなりますからね」

「分かりました」


『帰るだと? もう一生お前の側から離れない』……なんてカッコつけて言ってみたいもんだ。

 こんな妄想ばかり捗るぜ。

 

「ステラ、今は何時ですか?」

「えっと……、やばい!! もう四時半過ぎてるよ!!」

「あら、大変!! 悠伍さん、では今日はこの辺で。またいつでも、毎日でも、お越しくださいね」

 エマさんが微笑んだから、俺もつられて微笑んだ。


「じゃあ今日帰ったら、このプラン表にご自身のことを記入してきてください」

 一冊のファイルを渡される。

 一ページ目をめくると、スタートにもご褒美があると書かれてあった。


「始めただけでご褒美がもらえるんですか?」

「そうだよ! だって、何かを始めるって凄いことだもん!! それは十分ご褒美をもらうに値するからね!」

 ステラさんが当たり前のように言う。

 なんて優しいんだ!

 まだ僅かにも痩せてないのに。


「これから頑張るために、今日のご褒美は何がいいですか?」

「勿論ボクとエマ、それぞれに言ってね」

「それってご褒美が二個貰えるってことですか?」

「そういうこと!! ほら、早く。時間がきちゃう」


 二人から迫られる。


「悠伍さん……」

「悠伍さん、まずはどっちから?」


 そんな、急に言われても……。

 痩せてもないのにハグしてくださいなんて言えないし……。

 なんていうのが正解なのか、分からない。


「なんでもいいんですよ。私達は悠伍さんに喜んでもらえるのが一番の喜びなんです」

「そうだよ。それで、『よし! ダイエット頑張るぞ!!』って思って欲しいからさ」

「あの……じゃあ……えっと……。握手してください……」

「ほえ?」


 明らかにステラさんの顔がキョトンとなった。


 俺のヘタレ!! デブ!! なんかもっと他にいっぱいあるだろう!!


「そんなのでいいんですか?」

 エマさんまで戸惑っている。

「握手なんて、ご褒美じゃなくてもいつでもしようよ!!」

 ステラさんが俺の手を取り、ブンブンと振る。

「わわっ! でも、いきなりそんな……。あんまり刺激が強いのは抵抗が……」

 童貞丸出しの返事をしてしまった。

 あんまり童貞童貞言うな。傷つくだろう。


「そっ! そうですよね!! 申し訳ありません。私たちの方がグイグイ迫ってしまうなんて……。シスター失格です」

 エマさんの頬が赤く染まる。


「ちがっ、違くて……。俺があまりにも経験がないから……。本当はハグしてくださいとか、言いたかったんですけど、いきなり過ぎるしって……思って……」

「それにしましょう!!」

「え?」

 エマさんの提案に、茫然とした顔を向けてしまった。


「ハグ、しましょう!」

「あーー!! エマ、待って。まずはボクからハグさせてー!!」

「えっ、あっ、ぇぇぇええええ!!!」


 勢いよくステラさんが俺に飛びついてそのまま抱きしめた。

 シトラス系の爽やかな香りがする。

 元気なステラさんにピッタリの香りだ。


「悠伍さん、これからも仲良くしてね」

「こ……こちらこそ……よろしくお願いします……」

 これは背中に腕を回すべきなのか悩む。

 ……が、ここおとこを見せなくてどうする!!

 震えながらステラさんの背中に腕を回す。すると、俺の首に抱きついているステラさんが、腕にぎゅっと力を込めた。

 

 俺……今……ハグしてるーーーーー!!!!

 信じられない。

 異世界に来て突然ダイエットをする羽目になって、美女とハグしてる。

 なんて展開なんだ。

 全く理解が追いつかない。

 それでも夢見心地なのには変わりない。


 ステラさんは見た目にもスリムだと思っていたけど、抱きしめてみるともっと華奢だった。

 性格が明るくて元気だけど、こんなに華奢だと急に守ってあげたくなる。

 力を込めると折れてしまいそうだ。

 丁寧に扱わなければいけない……。


 鼻呼吸はできないでいた。

 口からゆっくり息を吐いてる。こうでもしないと鼻息で嫌われてしまうからだ。


 ステラさんの背後から、エマさんが引き剥がそうと近寄ってきた。


「ステラ!! そろそろ交代ですよぅ!!」

「えぇ……、もうちょっといいじゃん。悠伍さんの“今”をインプット中なの!」

「駄目です!!」


 エマさんがステラさんを俺から引き剥がした。

 ステラさんは名残惜しそうに俺に腕を伸ばしている。

 それをエマさんが制した。


 美人姉妹が俺の取り合いをしている!!!

 人生でこんな経験ができるなんて!! やっぱり夢か?


「じゃあ、今度は私からハグしますね」

 エマさんが一歩前へ歩み寄った。

 エレガンスフラワーの香りが漂う。

 ああ、今日が俺の命日になるかもしれない。

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