第22話

 私は心を決めた。

 あの父と思われる人影を探し出して、確かめなければならない。


(でも、どうやって探す?)


 床下を覗いた時、人影が私達の声に反応したのを思い出した。


 翌日午前二時、霊の活動が最も活発になる時刻。


 パシッ!

 パキーンッ!

 ピシリ、パシリ!

 ガタン、カシーン!


 今夜も家は騒がしい。

 母は睡眠導入剤を使って早目に休んだ。

 私は、照明を落とした自分の部屋で、暗闇に呼び掛ける。胸には父の形見の縫いぐるみを抱いている。父と過ごした最後のクリスマスに貰ったプレゼントだ。

「お父さん、お父さん。娘のミユです。お父さんだったら、返事をして」

 家は突然、静まり返った。沈黙が続く。

 父なのだろうか。


 ゴイチは、目覚めてから暫く記憶もなく、話すことも出来なかったと言っていた。父と思われる人物は今、どんな状態なのだろう。

 私は探りながら訊ねた。

「お話、できるかな?」

『……ミ、……ミユ』

 頭の中に声が聞こえた。

 やっぱりそうだ。何年経っても忘れない。懐かしく温かな声。

『ミユ』

 先程より少しハッキリと、父は私の名を呼んだ。

 涙が溢れてきた。

「お父さんなんだね。姿を見せて」

 私は、姿を現した父にゆっくりと近付いて、手を取ろうとしたが、冷たい霧のようなものを掴んだだけだった。

「どうして、床下に居たの? 何故、怒っているみたいに音を鳴らすの? 何があったのか聞かせて」

 父は重い口調で、ぽつり、ぽつりと語り出した。


 ――最初に思い出したのは、コーヒー。

 コーヒーを差し出したのは、白い女の手だ。薬指には、俺が贈った指輪が光っていた。

 あれは……。

 寒い夜だった。目の前のフロントガラス越しに暗い海が見えた。ああ、車の中だったか。

 夜釣りか? そう、釣りが好きだった。

 釣りに来ていた。……後から来た誰かが一緒にいた。

「寒いね」と言って、温かいコーヒーをポットから注いでくれた。それで、一緒にコーヒーを、飲ん……いや、ソイツは、口をつけず、両手をカップで温めるように持っていた。「手が冷たいの」と言った。

「貴方は冷めないうちに飲んで」

 俺は、熱いコーヒーに口をつけた。少し苦みのある旨いコーヒーだ。

「旨いコーヒーだな。お前も、冷めないうちに……」

 そこから意識が無い。

 なぁ、知っているか。意識が無くなっても耳だけは、最後まで聴こえるんだ。

「上手く行ったわ。後は、片付けるだけ」

「骨にしてしまえば、家に隠して置けるよな」

 知らない男の声がした――


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