第20話

 明けて、日曜日。

 夜勤から帰った母と遅い朝食を取っている。

 父と思われる人影が目覚め、床下から消えてから、家は一層騒がしくなった。母さえも、気にするほどだ。

「今朝は、ラップ音がひどいわね。墓地に埋葬される人が増えたのかしら。二人とも気になるよね。大丈夫?」

 私は、ハムエッグを食べる箸を止める。

「霊の通り道だから、仕方ないじゃない」

 以前、母が言った様に、気にも留めない風を装う。

 タツヤは黙って肩をすくめて見せた。


(霊を隠すなら霊の中? 此処は霊の通り道)


 私とタツヤは、床下で人影を見たことを、母に話していない。

 未だ、自分の中でモヤモヤしていて、考えがまとまらないのだ。タツヤには口止めして置いた。

 海で行方不明になった父と同じ名前の人が、何故この家の床下に居るのか。姿を消した後、何故、怒り狂ったように家を震わせるのか。母が常に言う、『霊に遭遇しても、気付かぬふりをしろ』の意味。

 これらは、いったい何処に収束するのだろう。もし、自分が考えていることが正しいならば、盲目的に信じていた母に対しての信頼が揺らいでしまう。

 タツヤは、まだ子供で、母親への依存が大きい。母の評価に関しては、慎重であるべきだろう。


「ところで、台所の床下収納庫、触ったかしら?」

 母は探る様に、私達を交互に見詰めた。

「床下収納庫? お母さんが梅酒を漬けていた所? 私、未成年だし、お酒は触らないよ」

「僕も知らない」

「……そう」

 母はそれ以上追求しなかった。


 あれからずっと家が騒いでいる。

 ラップ音だけではなくなって、物が落ちて来たり、倒れたり。ドアが突然開いたり、閉まったり。

 黙っているけれど、母は何かを感じ取っているのかもしれない。


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