第18話

 床下に居るのは、誰なのだろう。悪いものには思えない。怖い感じがしないのだ。むしろ、何だか懐かしい気持ちがする。私だけかと思ったら、隣に居るタツヤも、そんなことを言う。私達は、床にかがんで床の四角い穴から、声を掛けてみた。

「あの、貴方はどなたですか?」

「どうしてそこに居るの?」

 人影は、私達の声にピクリと反応した。


 ――女の子と、男の子の声、がする。

 何だか懐かしい。

 俺を温かい気持ちにさせる。

 何処かで聞いた事のある声。

 ……ああ、知っている。

 これは、俺の娘と息子の声だ。

 少し大人っぽくなっているが、間違いない。

 名前は、そう、ミユ。

 下にもう一人。

 男の子は、タ……タツヤだ。

 子供の名前を思い出した途端、思い出した。自分の名前を――


『……俺の、名、前は、……ア、ア……ツシ』

「アツシ? それって……」

 父親の名前と同じだ。それに、この声。

 私とタツヤは、顔を見合わせた。

「お父さんなの? どうして、其処に居るの? 海で行方不明になったってお母さんから聞いた。ずっと、帰って来るのをタツヤと私は待っていたんだよ」


 ――海? 俺は海に行ったのか? 何故、此処に居るんだ――


 突然、頭の中に詰まった砂が消え失せ、代わりに様々な映像が雪崩込んで来た。


 ――俺は思い出した――


 ゴウォゴウォゴウォ、ゴゴゴゴゴゴ

 オウォオウォオウォ、オオオオオオ


 家が唸る。吠える。

 メリメリとギシギシと家が軋む。凄まじいラップ音。

 地震ではない。床は揺れていないのに、家だけが揺れている。

「お、お父さん? 大丈夫?」

 覗き込むと、父と思われる人影は消えていた。

 代わりに何か小さな物が落ちている。

 懐中電灯で照らすと、それは万年筆の様に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る