第32話 秘密の部屋(四)

 それにしても、そんな重要なことを隠しているなんて、とヴァルラは内心面白くない。あからさまにむくれた顔をしているのを、呼び出されて機嫌が悪いと思ったのだろうか。主はなだめるような声で語りかける。


「すまぬが喉が渇いた。今日はいつもより早めにお茶にしようと思うて呼んだのだが、よいか?」

「よいかもクソもねぇよ。遠慮すんな。すぐ持ってきてやるぜ」


 ふん、と鼻息を吐き出して、くるりと主に背を向けてキッチンへと降りていく。 


「まったく……。なにが『よいか』だ。主なんだから、ただ堂々と命令すればいいだろうがよ!」


 言いつつ近くにあった木の椅子を蹴りあげた。古い椅子は思いのほか頑丈で、ヴァルラはすねをしたたかに打った。痛む脛を両手で押さえて、小さく呻きながら顔をしかめる。


「てゆーかな。今更秘密にするなんて水臭えじゃねーかよっ」


 ヴァルラはどうにも苛立ちが抑えられない。何故こんなにも苛々するのかわからないまま、手元にあったミルクパンの底でテーブルを叩く。それでも全く気は収まらない。

 それどころか、以前主に言われた言葉が蘇ってきた。


『よいか、あらゆるものには魂が宿るという。乱暴に扱っては可哀想とは思わぬか』


 以前ヴァルラがほうき塵取ちりとりを雑に放り投げた時にそう言った、主の憂いた表情が思い浮かぶ。こうなるともはや罪悪感しか湧いてこない。


「あーっ、畜生! それもこれも、あいつが俺に隠し事をしてるからだ! よし、言わないつもりならこっちから探し出してやる」


 言いつつ、お手製のマロンクリームのタルトを丁寧に皿にのせていると、丁度湯が沸いた。すっかり手慣れた様子で紅茶を淹れながら、すぐにでも「あの部屋」探しをしようと心に決めるのだった。

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