第30話 秘密の部屋(二)
この屋敷で主と出会い、そろそろ1カ月になる。ヴァルラには「あの部屋」の他にもう一つ気になることがあった。
「ヴァンパイアって血が主食じゃねぇのか?」
ぽつりとそうつぶやいてレシピ本を見る。そこには美味しそうなパイやプディング、シチューやローストビーフなどの作り方は書いてある。しかし、どこで血液を調達して、どうやって飲むのかなど、肝心のヴァンパイアらしき記述がどこにもないのだ。
「まさか、ひとりで夜中に飛んで行ってどこかで……」
ヴァルラは巷に出没する、禍々しいヴァンパイアの姿を主に重ねてみる。ふわりと空から舞い降りて、美しい女性が眠る部屋に忍び込み、その白い首筋に2本の牙を……。
「うわわわわわっ! ないない。それはないっ! ……と思うっ」
彼は肩をすくめて、ぶるりと身を震わせる。己が子供時代にヴァンパイアに襲われ、血を吸われかけた恐ろしい記憶が鮮明に蘇ってきてしまったのだ。
血に飢えて大きく見開かれ血走った目に、赤くぎらりと光る瞳。赤黒い唇から覗く大きな白い牙は彼に噛み付こうと強く押し当てられ、その首筋に食い込むと同時に冷たい息を感じる。
ヴァルラの父親が護身用に持っていた銀の弾丸でヴァンパイアの頭を吹き飛ばさなければ、彼はそのまま生き血を吸いつくされて死ぬか、若しくは彼自身があの化け物になり果てるところだった。
ヴァルラは大きく頭を振る。忘れようとしても、時折フラッシュバックしてしまう子供時代の忌まわしい記憶だ。
主がそのような事をしているかもしれないと想像しただけで、血の気が引いて震えがくるのだった。
その時、チリリンと涼やかな音がした。
それは主が下僕を呼ぶ際に使う、ガラス製のベルが奏でる音だ。呼ばれれば何をおいても駆けつけなければならない決まりだ。
「ひぇ……っ!」
その音を聞いてヴァルラは跳び上がり、 だらだらと汗を流す。
──ヴァンパが、俺を呼んでいる……?!
汗を流し腰を抜かして床にへたり込んだその姿は、まるで地面に叩きつけられたガマガエルだ。
しばらくそのまま動けずにいると、再びチリチリリンと音がする。
彼は深呼吸をし、目を思いきりつぶって腹に力を入れる。すると僅かに、恐怖が和らぐ気がした。臆病風に吹かれた自分を叱咤しながら立ち上がり、主のもとへ走った。
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