第28話 下僕のレシピ(二)
このレシピ本は、翌朝から早速役に立った。朝食のベーコンエッグくらいはヴァルラでも一応は作れる。仲間に教えられた通り、いつも彼はベーコンはカリカリに焼き、卵は両面を焦げるくらいの固焼きにしていた。
だがこのレシピだと主は固焼きの目玉焼きや焼き過ぎたベーコンをあまり好まない、とある。ふわとろの黄色いオムレツが一番喜ぶと書いてあるが、ヴァルラにはまだまだハードルが高い。
困ったヴァルラが本を読み進めると、代わりに半熟に片面を焼いた目玉焼きも好むとあった。レシピにある焼き方を参考にしながら玉子やフライパンと格闘すると、5つ目の玉子でようやく美味しそうな目玉焼きが出来上がった。
更にベーコンの厚みまでレシピ本には書いてある。厚さ5mm程度のベーコンを、少し焦げ目がつく程度にさっと焼くのが主の好みであるという。これもマスターするまで何枚かのベーコンを焦がした。
そのうちなんとか合格点だと思える朝食が出来上がった。彼はいそいそとダイニングに運ぶ。
「うむ。非常によい。よくぞこの短期間にここまで腕をあげたものよの」
主は満足げにうなずくと、ナイフとフォークで優雅に目玉焼きやベーコンを食べている。かなり苦労はしたが、こうして自分が作った食事を褒められて、美味しそうに食べてもらえるのはとても嬉しいものだ。
「夜も何か美味いもの作ってやるからな」
思わずそんな言葉が口をついて出る。主の目が丸くなり、その後嬉しそうに笑った。遅めの朝食を食べているというのに、もう夕飯の話をしているのが可笑しかったようだ。
ヴァルラの昼食は、固すぎたり焦げたり黄身が破れてマーブルになったりした目玉焼き4つとカリカリのベーコンになった。それでも彼は満足げに食事をとる。今から夜の食事の支度が楽しみになっているせいだろうか。
食後にまたレシピ本を見ていて、ヴァルラはあることに気付いた。その文字の筆跡が、初めの頃から最近のものまで見事に違っているのだ。
そこには女性の文字から男性の文字まであり、紙質やインクの劣化などを考えると少なくとも100年単位に渡って書き
「こりゃぁ……ただのレシピじゃねぇな。誰がいつ始めたのかわからねぇが……」
彼は気付いた。それは、過去の
下僕から次の下僕への情報のバトンはこのノートに脈々と繋がれていた。それも皆主への愛情や忠誠心のなせる業だろう。ヴァルラにはその下僕たちの気持ちが少しだけわかるような気がした。
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