第27話 下僕のレシピ(一)

「これ、捨てちまっていいのかな」


 ヴァルラは小さな部屋で、ベッドの上に置かれた物たちを前にうなるように言った。


「んー。やっぱ取っとくか」


 ここは使用人が寝起きする部屋だ。ヴァルラも下僕しもべという名の使用人なのだから、これからはここに住むことになる。しかし、前の住人の荷物がそっくりそのまま残っている。

 それもそのはずだ。彼らは突然乗り込んできた盗賊団に、無惨にも殺されてしまったのだから。


「悪いが片付けさせてもらうぜ」


 そうつぶやくと、ベッドの上に集められた前の住人の私物を段ボールの箱の中に詰めはじめた。机の上に置かれたままだった本と新聞。飲みかけだった紅茶が入っていたマグカップ。タンスの中の着替え。

 部屋の中にまだ誰かの息遣いを感じるような気がするのは、突然断たれた日常のためか。そんな不条理は何度も目にしているが、慣れるものではない。正直気が重い作業だ。


 しかしここにある物たちに気持ちを寄せても何も始まらないし、戻らない。ヴァルラは無心になって、荷物で箱を埋めていく。


「なんだこれ」


 詰め忘れはないかと、部屋の中をもう一度見て回ったその目に、本のようなものが映る。本というよりは数冊のノートのようで、かなり古びたものだ。


「──日記か?」


 他人の日記を読む趣味はない。箱の一番上にしまって箱を閉めようとした。だが、ノートの表紙にある文字で、その手が止まった。

そこには『ご主人様のためのレシピ』と書かれていたのだ。


 恐る恐る開いてみると、表紙の文字通りに料理のレシピがびっしりと書き込まれている。ちっとも上手ではないが、盛り付けの仕方の絵まで描いてある。

 中身はと言えば、白身魚のムニエルやミートローフなど、頑張ればヴァルラでも作れそうなものも多い。


「ご主人様は猫舌なので、スープはあまり熱くしないこと」

「ご主人様は目玉焼きよりもオムレツが好き」

「ご主人様は食後のデザートはフルーツかアイスを好み、お菓子はお茶の時間に召しあがる」


 そんな細かいことまで、隙間にびっしりと書かれている。備忘録としてはかなりくどい。そのくらい覚えられないのか、と思わずこの場にいない先代の下僕しもべに言ってやりたい気持ちになる。

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