第26話 バウンティハンターの買い出し(五)
「残念だね。またここに来ることがあったら買いに来てくださいな」
「ああ。……もう来ないけどな」
小さな黒いバッグに財布を無造作に突っ込むと、大股でバス乗り場へと向かう。バスには既に何人かの乗客が座っていた。先に買っておいたチケットを見せてヴァルラもバスへと乗り込み、まだ空いていた席につく。
バスの窓から外を見ると、さっきの屋台の列が見えた。サンドイッチの店では他の客が品定めをしている。彼は手に持った小さなビニールの袋に入った白いパンを見つめた。
あの少年ヴァンパイアは今夜の食事をどうするのだろうか。あの硬く焦げたパンしか、彼は提供することができなかった。それは僅かに心残りだ。
もう一度窓の外を見る。あの屋敷がある高台の森が遠くに見えた。あの鋭い牙を見せて、にかっと笑う顔が思い浮かぶ。初めて怖くないと感じたヴァンパイア。僅かに胸が締め付けられる思いがした。
しかしバスは黒い煙をあげて走り出す。森はあっという間に遠ざかり、道を曲がるともう窓の外には森は見えなくなっていた。
+++++
ドアの前に着いた時、もう外はすっかり暗くなっていた。ヴァルラは鍵を開け、ドアノブに手をかけた。
「ただいま」
久しぶりに言う帰宅の挨拶に返事はない。玄関先に荷物を置いて、ヴァルラは廊下を奥へと進み、部屋のドアを開ける。
そこには、出かける前と変わらず本を読んでいる主の姿があった。
「悪ぃな、遅くなって」
「よい。無事に戻ってなによりだ。森には熊や狼などもおるからの」
穏やかな主の笑顔に、ヴァルラの鼻の奥がツンとする。
バスに乗って2ブロックほど行ったところで、ヴァルラはバスを飛び降りた。このまま置いていくわけにはいかないと思った。
命を救われ、まずいパンを出しても笑顔で食べてくれた。せめて落ち着くまでは食事の世話くらいはしてやらなければいけないと思ったのだ。
「熊なら仕留めて食材にしてやるよ。……腹減ったろ。パン買ってきたから食ってくれ」
「うむ。今宵のスープはコンソメが良いが、できるか?」
ヴァルラは食料の棚に缶のコンソメスープがあったことを思い浮かべながらうなずいた。そして走ってキッチンに行き、買ってきた夕食を皿に移す。
白くてふわふわの大きなパンに、レタスとクリームチーズ、そして上質なスモークサーモンがたっぷり挟んである。
買ってきたコールスローサラダと、鍋で温めた缶のコンソメスープ、そして大きなサンドイッチを乗せたトレイを持ってヴァルラはダイニングのドアを開けた。
主は既に席についている。ヴァルラの姿を見ると嬉しそうににかっと笑って、テーブルの上に置いてあったナプキンに手を伸ばした。
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