第25話 バウンティハンターの買い出し(四)

 バスの待合所に目を向ける。目的地への長距離バスがくる様子はない。そもそも時間通りにバスが来る事などない。

 視線を戻すと、その先にも屋台がずらりと軒を並べている。彼はもう少し店を冷やかしていくことにした。ピクルスやチーズを扱う店もあり、ヴァルラは好物のオリーブの塩漬けやフレッシュチーズなどを味見してまわる。バスはまだ来ない。

 

(そういや長旅になるんだったな……。途中で食う物も買っておくか)


 バスの乗客向けに弁当を売っている屋台もいくつか見られた。タンドリーチキンとバターライス、ソーセージとジェノベーゼパスタなど腹持ちの良さそうな弁当が多い。


 その中に、サンドイッチの店があった。何気なく覗くと、パンの種類も様々だ。バケットサンドやベーグルサンド、ライ麦パンを使ったものから、白くてふわふわのパンまで。具も肉、魚からジャムやバター、クリームチーズまで好きなものを選ぶ事ができる。


「いらっしゃい。バスに乗るのかい? 今食べるかい?」


 人の良さそうな店主がにこやかに話しかけてくる。


「目的地はバスで3、4時間てとこかな」

「じゃあ、傷みにくい具がいいかな。並んでるもの以外にも、パンの種類と具を選んでくれればすぐに作るよ。決められない時はおまかせもできるからね」


 あまりに種類があり過ぎて、ヴァルラは目移りしてしまう。


「じゃあ、まかせた。特に嫌いなもんとかはないから好きに作ってくれ」

「はいよ。バスの時間大丈夫かい。すぐ作るよ」


 店主はふわふわの大きな白パンにバターを塗り、レタスとピクルス、白身魚のフライを挟んだ。最後にトマトソースをかけて紙でくるむ。


「──パンって焼くのは難しいんだな」


 ふとヴァルラの頭を過るのは、今日の失敗作の黒いパンだ。


「美味しく焼くのは難しいよ。よーく捏ねて上手く発酵させなきゃならないからね。……お兄さん、パンなんて焼くのかい?」


 最後は意外そうに聞かれた。


「いや、まあ。その時食う分を切らしてて仕方なく、な」


 ヴァルラは代金を払いながら歯切れ悪く答える。店主はおつりとパンを渡しながらにこりと笑った。


「お兄さん、毎日美味しいパンを食べるようになりたいかい?」

「あー、だったらどうすればいいんだ?」


 すでに興味はなかったが、知らないままでいるのも悔しいので、ヴァルラは店主に聞き返した。店主はにこりと笑って答える。


「そりゃあ、毎日うちのパンを買いにくることさ」


 受け取ったパンを店主の顔に投げつけたい気持ちを抑えて、ヴァルラはぎこちない笑みを浮かべる。


「悪ぃが、あと数分で俺はこの町を出るんでね。……っと。もうバスが来やがった」


 ふと振り返ると、ヴァルラが乗る予定のバスが待合所の前に停まっていた。

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