第15話 はじめての紅茶(二)
書斎の扉の前で立ち止まり、ヴァルラは大きく息を吸った。手に持ったマグカップに手の震えが伝わりさざ波を作るが、ぐっと奥歯を噛みしめると手足の震えが和らいだ。
もう一度深呼吸をする。
(怖くない……俺に怖いものなんかない……)
そう自分に言い聞かせる。知らなかったとはいえ既に主従の誓いを立てた相手だ。怖がっているところなど見せては格好がつかない。ましてや相手はほんの子供だ。
「よし」
そう小さく呟いて、ヴァルラは右足を器用に使いドアノブを回すとドアを開けた。すると、丁度扉の正面にある机に主は座っていた。ドアが開く音に反応して顔を上げる。
本を読んでいたらしい。革の表紙に金と赤のラインが施された重厚な装丁の、子供が読むには難しそうな大きな本だ。
「随分と器用な足であるな」
本を閉じて脇に寄せると、主はそう言って柔らかい笑みを浮かべた。ヴァルラも褒められて悪い気はしない。
「へへ……まあなっ。ガキの頃から手足が器用なんだぜ。今でも色々役に立つんだ、これが」
主は微笑んだままゆっくりとうなずく。
「器用なのは良い事だが、こういう時はトレイを使うと尚良いな。さすれば片手で持てよう。片手が空いていればドアも開けやすかろう」
「ああ、まあ。そうだな。──よし、次からはそうするか」
そう素直に答え、ヴァルラはどん、とマグカップを主の前に置いた。
乱暴に置いた勢いで机に零れる紅茶。そしてカップになみなみと入れられた紅茶のその色は異様に濃い。主は目を丸くしてその怪しい飲み物を見つめた。その後に、ふっと小さく笑みを浮かべて、カップを静かに口に運ぶ。
こくり、と主の喉がその飲み物を飲み下した。
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