第12話 下僕の弱点(一)

「よいか」


 白く透明な皮膚に薄紅色をにじませた、小さな口を僅かに開いて主は静かに切り出した。


「私はお主を脅す事も、何か餌で釣る事もできなくはない。だが我々は先程主従の関係を結んだばかりだ。できることならお主が自ら真剣に向き合って私を安心させてほしい。どうだ、できるか?」


 真顔で返されて、ヴァルラは異常なまでの居心地の悪さを感じた。名前についてはただの軽口のつもりだったが、この少年にとっては冗談では済まされないことのようだ。

 主の顔を見る。先程までは何を言ってもずっと上機嫌に見えたが、今は重く厳しい表情をしていた。


「──ああ、畜生! わかったよ。悪かった。……言葉には言霊ことだまだとかいう不思議な力があるって俺の知り合いも言ってたからな。あんたが嫌だっていうなら俺は言わない。なにせ俺は怖いもの知らずの有能な「下僕しもべ」だからな。「あるじ」の望みは何でも叶えてやるぜ。だから、何かやって欲しいことがあれば遠慮なく言えよな!」


 不安を取りのぞいてやろうと、ヴァルラは主に向かって胸を張って腕を組み、自信に満ちた笑みを浮かべた。それを受けて、少年はいたく喜び安心したようだ。強張こわばっていた表情が緩み、満足そうにうなずく。小さな肩から力が抜け、座っていた椅子の背にもたれて大きく息を吐いた。


「お主が話のわかる者で何よりであるぞ。実に心強い下僕よの」


 主は嬉しそうに金の瞳をくるりと回し、ニカっと大きく笑う。開いた口の中からのぞくのは、4本の鋭い牙。

 それは、見まごうことないヴァンパイアのそれだった。


 途端に、ヴァルラの表情が凍り付いた。一瞬で部屋の隅に飛びすさり、壁に背を付けてぴったりと張り付く。


「ヴァ……ヴァ……」


 全身が小刻みに震えている。特に両足が生まれたての小鹿のようにガクガクと大きく揺れており、今にも膝から崩れ落ちそうな勢いだ。


 「怖いもの知らず」のヴァルラにも、苦手なものがひとつだけある。それがヴァンパイアだ。

 ヴァンパイアなど実在しない、というものも多いだろう。しかし、ここアヴェリオンという島国にはヴァンパイアが棲んでおり、日々人を襲っている。ヴァルラのような通常のバウンティハンターの他にも、ヴァンパイアを狩るヴァンパイアハンターというものが存在する程だ。

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