第11話 主の名前

 自分の目の前にひざまずいている下僕しもべの頭を、少年は左手でそっと撫でた。穏やかで慈愛に満ちたその仕草。しかしヴァルラにとっては子供扱いされているようで、実に不愉快だ。

 頭に血が上り、白く小さな手を振り払ってヴァルラは怒鳴りつけたかった。しかし今までの経緯から、少年に逆らうのは得策ではないとヴァルラはそろそろ認知し始めてもいた。


「頭を上げよ」


 少年の命令に自然と応える形で頭を上げると、笑顔の少年の姿があった。中性的でやはりその顔立ちには幼さが見受けられる。その見た目と言葉遣いに大きなギャップを感じた。

 特に話し方がたどたどしい。言葉遣いは古臭く偉そうなものの、発せられる声は幼さを感じさせる。


──なんだ、結構可愛いとこもあるんじゃねーか


 ふとそんな事を思ってしまったが、先程からの少年の偉そうな態度を思い出し、心の中で前言を撤回した。


「では、これにてあるじ下僕しもべの契約が成立した。この契約は主により解約されるまで有効である」


少年はその言葉を発した際に、全身が淡く白い光に包まれたように見えた。


(ん……気のせい、か?)


 丸くて金色の少年の瞳が輝きを増す。仇も討ったし、急ぎの依頼もない。半年くらいならこのお遊びに付き合ってやっても構わないだろうとヴァルラは思った。


 少年は、ひとつ大きな深呼吸をして、書斎の椅子に座り、大きなローズウッドの机に肘を乗せて手を組んだ。


「では、改めて名乗ろう。私がこの屋敷の主のルーファウスである。ヴァルラよ、よろしく頼む」

「ルーファウス。へぇ、それがあんたの名前か。悪くないな」

 

 ルーファウスは僅かに微笑んで目を閉じる。


「──よいか、私の名を誰かに漏らしてはならぬ。必要以上に呼んでもいかん。極力伏せるのだ。わかったな」


 仰々しく、嚙みしめるように言う主の姿に、ヴァルラは口の端を上げて鼻を鳴らした。


「そんなに大層なものかよ。たかが名前だろう?」


 すっと主の目が開かれ、そして細められた。


「我が名には呪いと祝福が込められている。それ故、滅多に打ち明けることはないのだ」

「はいはい。わかった、わかったよ。言わねぇよ。その前にちゃんと覚えていられるかも怪しいぜ」


 おどけたように言って、ヴァルラは手をひらひらと振ってみせるが、少年は真剣な顔だ。


「うむ、気を付けるがよい。場合によってはお主を手にかけねばならなくなるからの」

「うわー、こわーい。俺、年端もいかない子供に殺されるーぅ」

 

 ヴァルラはげらげらと笑って、笑い過ぎで零れてきた涙を袖で拭った。

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