第10話 契約の中身(二)

「……ふん。まあ、つまりボディーガードってとこか?」


 続いて値踏みするかのように書斎をぐるりと見渡す。椅子やテーブルをはじめとする家具や、壁一面に彫刻を施された書棚、そこに綺麗に並べられた美しい装丁の古そうな本を見てヴァルラはうなずく。そうして誰に言うでもなく呟いた。


「こんなお屋敷にいるって事は、食うには困らんだけの金はあるって事だよな」


 少年は微笑みを絶やさず、小さくうなずく。


「金に困ることはないだろう。それよりもお主が約束を守れる男かどうかを示すよい機会かと思うがどうだ?」


 その言葉にヴァルラは大きく反応した。


「もちろん俺は約束はちゃんと守るさ。バウンティハンターってもんは信頼も大事だからな」

「では、決まりだな」


 そう言って、少年は軽く目を閉じ、すぅっと長い息を吸う


『ヴァルラよ、今日より6か月をわが忠実な下僕しもべとして仕えよ』


  低く語りかけてくるそれは、先刻頭の中に聞こえてきていたのと同じ声だった。じかに聞くと、よりよく響き、胸に刺さるような不思議な声だ。


 続いて少年はその白い右手を差し出した。ヴァルラはその手を取って、実に良い笑顔で固い握手を交わす。すると少年は眉尻を下げ口を結び、明らかに失望の色を表した。


「──そうではない」

「は?」

「手の甲にキスを。敬愛を態度で示すのだ」


 その言葉に、ヴァルラは困惑して固まる。そんな気障きざなことは生まれてこの方したことがない。しかも相手は少年だ。


「ええと……それ、やらなきゃダメか?」

「──お主が契約を反故ほごにするというなら……」

「あーっ、わかった。わかったっての!! ……畜生!」


 ヴァルラは両手を顔の前で振って少年の言葉を遮る。どうやらこの不思議な子供のいう事を素直に聞くしか、今この状況を切り抜けることはできないらしい。


「ひざまずいても良いのだぞ」

「はいはい、その方が楽だもんな」


 こうなればもうやけくそだ。ヴァルラは床に膝をついてぎこちなく少年の透き通る肌の手を握り、しばらく躊躇ちゅうちょした後、どこにすべきか迷った挙句になんとか指の根本付近に軽くキスをした。

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