第5話 謎の飲み物

──乱暴な物言いだな。だが、元気があってよい。


 声は僅かに笑いを含んでいた。瀕死のヴァルラにとっては、何とも腹立たしい態度だ。全力で怒鳴りつけてやりたいが、そんなことをすれば今度こそあの世とやらに召されてしまうだろう。


『死にかけてるのに元気なんかあるかよ、クソったれ……』


 もう目を開けていることさえ難しくなり、かすれた視界が閉ざされていく。完全に瞼が閉じられる寸前、ヴァルラの目の前にシェリーグラスが現れた。中に赤ワインらしきものが満たされているそのグラスは、美しくカッティングされて眩く輝いている。やはりこれも幻覚なのだろうか。


 ――飲むがいい。されば命は救われよう。


 それが幻覚でも毒でも構わない。恐らく今以上に事態が悪くなることはないだろう。だとしたら、選択肢は一つだ。

 ヴァルラは最後の力を振り絞り、痺れた腕を動かした。小刻みに震える手を必死に持ち上げ、僅かな希望であるその小さなグラスを掴むと、中身を一気に飲み干した。

 一見ワインのようなそれは、恐ろしく不味い代物だった。


「おええええええええええ」


 腐った肉のような、カビた雑巾のような、とにかくこの世のものとは思えない不味さだ。


「まじいいいいいいいいいい」


 ぺっぺっと唾を吐き口を袖でぬぐう。


 ――ふふ。しかし効果は覿面てきめんであろう?


 機嫌の良い声が脳内に響く。確かに声の主の言うとおりだった。


 先程まで指を動かすことさえ困難だった身体が、今はもう軽々と起き上がれるほどに回復している。痛みも全く感じない。胸や腹、肩や足に喰らった多数の銃創も消え、全身に活気が満ち溢れていた。

 

「……ほんとだ」


 自分は一体何を飲まされたのか、相手は一体何者なのか、何故自分は助けられたのか。疑問は数知れず湧き上がってくるが、今起きている事はあまりにも現実離れし過ぎている。ヴァルラは文字通り言葉を失っていた。

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