第19話 都合がいいのに納得いかない自称姫様

 翌日、荷車を借りて自称姫様を迎えに行く。


 「おはようございます。姫様」

 「おはよう。セバスチャン」

 「今日からティマヤも迎えに行く、ということでよろしいですか?」

 「・・・ええ」


 昨日ティマヤを家まで送ったため、家の場所は知っている。

 ティマヤの家に向かって荷車を引く。

 道中、自称姫様と話をする。


 「セバスチャン」

 「はい。なんでしょう」

 「あなたは命令を聞いてくれるけど、ティマヤは命令を聞いてくれないのはなぜかしら?契約したら、契約を守るものだと思うのだけど」

 「私は5歳で、ティマヤは6歳です。まだ、ごっこ遊びくらいで許してください」


 子どもの労働といっても、家の手伝いや遊びとしてなら可能だが、本格的な仕事は大人たちが禁止している。

 請求書が増えても、毎日少しずつしか返済できないので、期間が延びるだけだ。


 「それでも、約束したら約束を守るべきよ」

 「それが理想です。しかし、現実は約束を破られることもあります」

 「そう、ね」

 「子供も大人も約束を守ったり破ったりします。事情がある場合もあれば、わざとのこともあります。覇王国では大人が子供を守るため、大人が子供相手に約束を破ることはないみたいですが」

 「それは安心ね」


 ・・・安心?何か勘違いしているのか。

 顔を合わせて話すべきだと思ったので、荷車を止めて自称姫様のほうを向く。


 「安心ではないこともあります」

 「・・・そうなの?」

 「はい。子供のときに結んだ契約を大人になったときに破ることはありえるでしょう。そして、大人だから守ってもらえないこともあります」

 「そう、なるわね」


 自称姫様、まだまだ経験不足のようだ。

 覇王国では子供が守られすぎるから、経験を積みづらいのもあるかもしれない。


 「私もまだまだ勉強不足です。家族や師匠、聖職者さんなど、信頼できそうな大人から一緒に学んでいきましょう」

 「よろしく」


 自称姫様と話した後、前を向いて荷車を引いた。


***


 ティマヤの家に着いて、膝丈のスカートのメイド服を着たティマヤが待っていた。

 それを見た自称姫様は、ロングスカートのメイド服を取り出し、ティマヤに話しかける。


 「今日こそは、このロングスカートのメイド服を着なさい」

 「やだ」

 「それなら、ティマヤは走りなさい。セバスチャンもう出発していいわ」

 「姫様。シャンディ師匠のところにはいつも徒歩なので意味がないです。だからさっさと乗せて地道に説得しましょう」

 「・・・ティマヤ、乗りなさい」

 「はーい」


 ティマヤは、自称姫様に対して雑な返事を返しながら荷車に乗った。

 魔術を習うために、シャンディ師匠のところに出発する。


 「ティマヤ、本当にロングスカートのメイド服を着る気はないの?」

 「ないってば」

 「わたくしに仕えるのだから、もっと優雅にしてほしいわ」

 「優雅って?」

 「優雅というのは、もっとゆったりして───」


 移動中、自称姫様は地道に話をしていたが、ティマヤの説得はうまくいかなかった。


***


 シャンディ師匠の家に着いた。

 ティマヤを見つけたエグチが話しかける。


 「ティマヤ!!メイド服似合ってる!!」

 「ありがと!!」


 エグチにメイド服を見せびらかしているティマヤ。

 膝丈のスカートでくるくる回る。


 「【パンチラ】」

 「もお!!えっち!!」


 ティマヤに【パンチラ】魔術をかけて怒られているけど満足そうなエグチ。

 恋人同士だから、目的を達したのかもしれない。


 「ねえ、ロングスカートのメイド服に着替えて見せてよ」

 「え?でも・・・」


 なぜかロングスカートのメイド服のことを知っているエグチ。

 後で調査が必要かもしれない。


 「お願い!!ロングスカートのメイド服もティマヤに似合うって!!」

 「えへへ・・・しかたないなぁ」


 自称姫様からロングスカートのメイド服を受け取るティマヤ。

 そして、ティマヤはロングスカートのメイド服にあっさりと着替えてエグチに見せびらかしていた。


 「おー!!きれいだ、ティマヤ」

 「エグチ・・・」


 いい雰囲気になっているエグチとティマヤ。


 一方、一連の流れを見ていた自称姫様。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 自称姫様にとって都合がいいことが起きたが、まるで納得がいかないという顔をしている。ぐぎぎ、という音が聞こえてきそうだ。


 「わたくしが説得するはずだったのに・・・」

 「恋は盲目ですから、姫様よりエグチのことを優先してしまっていますね」

 「あまり信用できないわね」

 「その通りです。だから、姫様が恋をしたら、私は姫様を信じなくなりますね」


 背後から自称姫様を言葉で刺していく。楽しいねえ。

 こちらを見て、なぜか冷や汗をかく自称姫様。

 ・・・ああ、ちょっと笑ってしまっていた。落ち着こう。


 「部下の忠誠心を勝ち取るのが上司の仕事だと思います」

 「わたくしは、あなたの忠誠心は勝ち取れているということね」

 「はい。今のところは」

 「わたくしが問題を起こしたら、あなたは敵に回るのかしら」

 「いいえ。姫様を助けますよ」


 じっ・・・と疑わしそうにこちらを見つめてくる自称姫様。

 せっかくなので、ウェーブがきれいな桃紫藍色の複雑な髪を持つ、右目を隠したメカクレ美幼女の自称姫様のご尊顔を存分に堪能しておく。

 冷や汗がつつーっと垂れていく。


 良い。


 「あなた、今何を考えていたの?」

 「姫様が美しいな、と」

 「!?」


 ・・・おっと。生まれて初めて直接美しいと言ってしまった。

 まあ、いいか。


 「・・・あなたは王子様ではなく、執事よ」

 「失礼しました」


 今日のところは、自称姫様と味方のままでいられそうだ。

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