柿ちぎる者

白部令士

柿ちぎる者

 猪が出る程ではないが、周りに田畑があるような土地に住んでいる。

 裏庭に柿の木があるのだが、これが裏年でさえ百個ほど実をつける立派な木だった。そして、毎年柿をちぎるのは私の役割となっていた。私以外、誰もちぎろうとしないのだ。


 五年くらい前だろうか。

 その年は、夏の頃からしばしば憂鬱になった。柿の木に、恐ろしい数の青い実がついていたからだ。台風がある程度減らしてくれる筈だったが、殆ど無傷と言いたくなるぐらいに残ってしまった。


 秋になり、何百あるのか知れぬ柿を前に、怯みそうになりながら高枝切り鋏を振るう。

 うちの柿は甘くて美味しい。実がなるのは有り難いことだ。しかし。

 私以外、誰もちぎらない。

 なっている限りは、私がちぎらねばならない。


 何度目の収穫だったろうか。ふと、気づいた。

 柿が減っている。

 見間違いや勘違いではない。柿の木の景色が確かに変わっていた。

 大変なのを察し、誰かがちぎってくれたのだろうか。

 嬉しくなって家の者に訊いてみるが、誰もちぎってはいないという。

 その後も、私がちぎる以外で柿は減っていった。


 ある日、井戸の近くに柿が落ちているのが目についた。自分が落としたものかと思ったが、どうもおかしな気がした。丁寧にちぎってはいるが、鋏は使っていない様子。そして、穴。噛んだ跡、犬歯であればこのような穴があくか、などと思う。

 家の者と話して、どうやら柿の木に猿が来ているのだろうということになった。


 猿が加勢してくれたおかげで、三百足らずの柿をちぎっただけで終えることが出来た。

 猿。猿、か。

 柿の木の周りには、食べ散らかした形跡というものが全くなかった。猿とは、ああまで綺麗にちぎっていくものなのか。

 それに。

 実のところ、この辺りで野生の猿を見たことなど、ただの一度もなかった。本当に猿だったのだろうか、と気になりはするのだが。

                (おわり)

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柿ちぎる者 白部令士 @rei55panta

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