第21話 シオンの思い

魔法の絨毯のゆっくりとした速度で、アモルたちは宙を進んでいく。


「そこまですごく速くはないね……」


アモルが小さくぼやくとシオンが笑いながら答える。


「アモルの本気が速すぎるだけ。絨毯、十分速いと思うよ?」


それに同意するように、エレテも、フウ、スイも頷いた。


「それにしてもいつからかな……」


「え?」


「アモルがこんなにすごくなったの」


シオンがじっとアモルを見つめる。


「私、小さいころからずっとアモルと一緒で育ってきた。

 なのにいつからかな。アモルはアモルなんだけど何か変わった気がするの」


「それは……」


それはそのはずだ。今のアモルはアモルだが小さいころのアモルとは間違いなく違う。

ラヴの力で、『アモル』という少年に『護』という少年の人格が混ざったのだから。


(そう考えると、ラヴは『転生』って言ったけど、少し違うのかもしれない……)


考えているアモルの表情を見て、シオンとエレテがアモルを睨む。


「アモル、今……」


「……ラヴちゃんのこと考えてる」


「えっ!?」


何で?と驚くアモルに、横からスイとフウが呟いた。


「アモルくん、前も言ったと思うけど……」


「……結構、アモルの考え、わかりやすい」


女子四人に睨まれ、アモルは後ずさりしようとするが、ここは空飛ぶ絨毯の上、逃げ場はない。


「でも確かに……」


そこでシオンが思い出したように。


「アモルが変わったのとラヴが現れたの、同じ頃だったよね」


そう呟いたおかげで、女子たちの興味はラヴの話に移っていく。


「アモル。ラヴが来た時、言ってたけど……彼女、女神様って本当なの?」


いきなり核心を突く質問。その質問の答えをアモルは正直に答えた。


「女神らしいよ。正確には『女神見習い』って言ってたけど」


その答えを聞いてスイとフウが反応する。


「ラヴちゃんって女神なの!? じゃあ……」


「……母様の予言に会った女神と契約って」


「そう、ラヴの事」


そこまで言ってアモルは言いすぎたことに気がつく。

女神との契約の話が出たということは……。


「お母さんの予言の話が出たから一緒に聞いておくね。

 『異界の記憶』って何? シオンちゃんが言う、アモルくんが変わったことと関係あるんじゃないの」


そう予言の続きの話になるのは明白だ。


「異界の記憶? 何それアモル。初めて聞くけど……」


シオンが明らかに動揺しながら質問する。


「それは……」


アモルもどう言えばいいか答えに窮する。


「アモルくん。学園で出会った私たちにはわからないことだけど、

 これはシオンちゃんにとっても重大な事。ちゃんと話してあげて」


スイはそう言うものの、アモルは答えに悩む。

きちんと正直に話す。それが正しい。だが『幼馴染のシオン』との関係が壊れることをアモルは恐れる。

確かにこの身体にも心にも『アモル』はいる。だがそれでも純粋な『アモル』ではない。

『護』という別世界の異物が混ざっているのは間違いないのだから。


「アモル」


シオンの瞳がしっかりとアモルを見つめる。


「大丈夫。どんな答えでも。確かに私の知ってる昔のアモルから変わった。

 けれど、でも、間違いなく、私が好きなのは今のアモルだから」


その言葉にアモルは顔が赤くなるのを抑えられなかった。

それだけではない、エレテも、スイも、フウも、言ったシオン自身も顔が赤くなっている。


「も、もう! ほら早く話してアモル!」


場の空気感に堪えられず、シオンはアモルに話を急かす。


「う、うん。それじゃあ……」


アモルは皆に打ち明けた。

自分の中には『アモル』だけじゃない。『護』という異世界の人間が混じったこと。

それはラヴが女神の力で、護をこの世界に転生させたから起こったことなどを。


「だから僕はシオンの言う通り、正確には昔のアモルじゃないんだ」


それを聞いてシオンは驚きつつも納得した表情になった。


「そう……なんだね。うん、話してくれてありがとう」


そう言って頷くと、シオンはアモルから顔を逸らした。

納得した表情だったが、それでもやはり思うところはあるだろう。


「それはわかったけど……アモルくんがすごく強い理由はあるの?」


エレテは呪いで力を得ていた。

アモルが強いのにも理由があるのかと思い質問する。


「えっと、それは……」


それこそアモルは答え方に悩む。


(ラヴとの契約、は言っても大丈夫。ただハーレムは言わない方がいいな……)


アモルはただ、「ラヴとの契約で……」と誤魔化そうとした。しかし……。


「……アモル。それだけじゃない」


フウが突っ込んだ。

アモルはドキッとする。また顔に出ていたのだろうかと。


「アモルくん。声にも出やすいね」


スイが少し呆れ気味に呟いた。


「え、えっと……」


もう誤魔化しようがない。アモルは溜息をついて話すことにした。


「……一応言うけど、真面目に話してるからね?」


アモルは淡々と、

ラヴは愛の女神。だから愛がいる。愛が力になる。だからみんなの事が好きだし好かれたい。

と一気に話した。


「――でも」


最後にアモルは切り出す。


「僕のみんなへの気持ちは本物だ。ラヴとの契約とは関係なく……ね」


「アモルくん……」


エレテはアモルの最後の言葉が嬉しかった。

ラヴとの契約だから好き、などと言われていたらエレテでもアモルを殴っていたかもしれない。


「もう隠し事はしないよ。他に聞いておきたいことはある?」


アモルは皆を見回す。

シオンとエレテは納得し終わったように頷いたが、

スイがアモルに質問する。


「お父さんの事なんだけど……」


「ゴンノスケさんの?」


アモルは聞き返したが、これまでの流れでゴンノスケに関わることといえば予測は出来た。


「お父さんも時々、私たちやお母さんが知らない言葉を口にするの。

 これってアモルくんなら何かわかるんじゃないかな?」


やっぱりそれかと思うアモルだが、これこそ回答が難しい。。

ゴンノスケは十中八九、アモル……いや護と同じ世界の住人だ。

先日『日本』という単語を口にしたことからそれは間違いない。


だがそれ以外のことをアモルは当然知らない。

ゴンノスケが自分と同じように転生した存在なのか、

または何らかの理由でこの世界に転移した存在なのか。


「……ゴンノスケさんは何も話してないの?」


「……うん」


「お父さんは誤魔化すだけで何も。お母さんになら何か話してるかもしれないけど」


フウとスイがそう答えると、アモルは首を横に振って言った。


「なんとなく心当たりはあるよ。でもゴンノスケさんが話していないなら、

 僕が勝手に想像して話しちゃいけないことだと思う。

 でも……」


アモルは、スイとフウの肩に手を置いた。


「ゴンノスケさんはきっと先輩たちに話してくれる。そう思いますよ」


満面の笑顔でそう言ったアモルに、スイとフウは見惚れた。


「スイ先輩」


「……フウ先輩」


シオンとエレテが、先輩二人を睨む。


「い、いいじゃない! シオンちゃんだってさっきアモルくんに――」


「わーっ! わーっ! それを蒸し返さないで!」


シオンとスイが二人で押さえ合う。

一方、エレテとフウは……。


「……」


「……」


無言で睨み合っていた。


「あはは……」


アモルは嬉しいながらも、皆を同時に愛し愛される大変さを感じるのだった。

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