第35話 魔王という存在

 な、なんなんだこれは!!!


 ギルマスの叫び声が響く。その場にいた職員も集まってきた。僕は、解体場に併設された広場に、持って帰ってきたモンスターを全部出しただけだ。


 セペンティア 115匹


 オーガ  32体 


 改めてみると壮観だ。


 ちなみに僕の異次元バッグはどんどん進化しているみたいで、今ではこれだけの素材を収納してもまだまだ底が知れない。彼らは驚かなければならない。まずは、これだけの素材が小さなバッグ1つで持ち運ばれたことに。


 次に、森にこれだけの高ランクモンスターがいたこと。特にオーガについては完全に想定外だったはずだ。


 最後は、これだけの戦力を倒したパーティが目の前にいることをである。


 セペンティアとオーガの共闘、その驚愕の事実は、一先ずこれらを驚いた後でなければ吞み込めまい。


 ギルドの職員たちは、これらから魔核を取り出し、討伐証明を記録してくれた。目の前に証拠があるのだから討伐報酬は即日用意してくれるという。

 

 素材については、これだけの量を市場に流すと値崩れすると教えてくれた。安くなってもいいなら引き取ると言ってくれたが、こちらには異次元バッグがある。焦ることはない。


 市場に影響を与えないよう、セペンティアとオーガ、それぞれ10体ずつを買い取ってもらうことにした。残りはバッグに戻す。 


 職員が金額を計算してはギルマスに確認する。ギルマスが計算を得意としているなどという話は聞かないが、額が額だけに、その場で確認しないと落ち着かないのだろう。


 セペンティア115匹の討伐報酬が金貨8050枚。また10匹分の素材の買取が金貨5000枚。32体のオーガについては討伐報酬が12800枚。10体の買取で金貨7000枚である。合計で金貨32850枚の買取額になった。


 これ以上の金額になると、即日の現金払いは不可能になるといいながら、さすがはリバークロフトのギルド。今回の分については、すぐに貨幣を用意をした。



「すごいことになっちゃったね。こんなお金どうしよう!」


 グレースが感嘆の声を上げる。


「無駄遣いせずに、持っていおいてもいいのだぞ。

 武器や防具に投資する手もある。


 ところで…今日は久しぶりに、グリルドハートに繰り出さないか?」


 エマは隠そうとする分だけ浮かれが目立っている。


 しかし冒険者にとって、報酬が確定する瞬間はとても大切なものだ。自分が命を懸けた成果が数字として表れるのだ。その結果、例えば今夜、フレイムステーキにかぶりつく自分を想像する。この一瞬のために生きている、そう思えるほど甘美な瞬間なのである。 


 お金の話はすんだ。


 僕たちは再び応接室に戻ってきた。僕たちはオーガの上位種らしき存在についても報告した。


 ギルマスの顔は浮かない。


「それは多分、オーガロードではないな。」


 オーガが集団生活をしていた。それだけならもちろん上位種を疑うのが道理である。しかし、今回は他種のセペンティアが絡んでいる。だとしたらオーガの上位種にもそんなことは不可能であろう。


「…魔王。」


 ギルマスの口から驚きの単語が出た。


「もしくは魔族ということだろうか。」


 僕たちは耳を疑う。魔王とか、魔族というのは童話に出てくるものでしかない。後は、とてつもない力や悪を表すのに比喩的に使われることはある。そういう存在である。もちろん、そんなものの存在は未だ確認されていない。


 最近はその名前を聞くことが確かに増えた。ただし、出所が怪しい、噂レベルの目撃証言である。


 そんなものは実在しない。多くの学者や研究者たちもその存在に否定的である。


 しかしだ。国お抱えの大賢者。つまりこのエスト王国で最も権威のある学者が、実はその存在を肯定している。彼は、魔王とは単に強大な力のことではないという。魔物を統べるもの。それが魔王だ。魔王が1体かどうかは確認されていない。もしも複数いる場合は、便宜上それらを魔族と呼ぶ。また、その場合、魔族の中にもその中心となるもの、つまり魔王がいるのかもしれないし、いないのかもしれない。そのような説を主張している。


 魔王をそのように定義するのなら、魔王などいないという主張は「モンスターは統べられない。複数種族のモンスターが組織的に統制されることはない。」という主張である。


 だけど、僕たちはオーガとセペンティアの共闘を目の当たりにした。


 もしも僕たちが見たあれが、オーガとセペンティアを従えていたのであれば、あれこそが魔王だ。もしくは、あとは呼び名の問題である。


「どうやらグレースの願いが叶ったのかも知れないね。」


 重苦しい空気をいったん吐き出そうと、僕が冗談をいう。


「はははっ」


 エマは昔の話を覚えていて、少し笑った。


「やだ!そんなの覚えてるの?」


 グレースは顔を赤くしている。


「ともかくだ。お前たちが目撃したのが魔王だとすると、魔王は死んではいない。」


 お前たちの魔法で消滅するような矮小な存在ではないのだ。


 そう言いながら、魔王の見た目や服装など、その特徴を僕たちから聞き出しては忙しなく記録している。


 ギルマスはそういうけど、あの時のエマの魔法の威力をギルマスは見ていない。それに今、ギルマスが話しているのは童話に出てくる魔王の話だ。


 僕が言っているのは、モンスターを統べるものがいた、ということだ。それを魔王と呼ぶならそうしましょうと言うことで、魔王自身が強いかどうかはこの際関係ない。とはいえ、ギルマスの言葉にも一定の真実味はある。僕自身、あまりにも手ごたえのないあれの最期に今でも違和感を拭えていない。



「最後に投げよこした霧の結晶には意味があったんでしょうか。」


「そんなことはわからない。

 ただ、無限の時を生きる魔王にとっては、きっと遊びのようなものなのだ。」


 

 僕は童話で読んだことのある魔王を思い描き、それに切りかかる自分を想像して、ぶるっと震えた。




☆☆☆



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