第32話 残された謎と未来への希望

 僕たちはリュウに駆け寄り呼びかけるが、反応は皆無だ。右足はない。全身の骨が折れている。


 息が弱々しい。


「とにかく治療だ。」


 用意してきた回復薬を1つリュウにふりかけた。



 クハッ



 気付け薬程度には効いたのだろうか。


 そのまましばらくせき込んだ後、荒い息が戻ってきた。


「うぅ・・・。」


 声が唸り鳴る。


 薬をもう1本取り出して、今度は口から飲ませる。


 身体がほのかな光に包まれ、リュウの意識は再び遠のいた。


 慌てて顔を覗き込む。


 先ほどよりよほど安らかな顔をしている。


 どうやら薬の力が効いているようだ。


 その様子をみていると、僕は安堵したのと同時に怒りが込み上げてきた。


 鋼のダガーを持って立ち上がる。


「エマ!行こう!」


 グレースとリゼットにリュウを任せ、僕たちは洞窟を飛び出した。




「待てよ!どこに行くつもりだ?」


 森に消えようとしていた「それ」は、僕の声に立ち止った。


「あらあら、そんなに急いで追ってくるとは。

 お仲間を看取ってあげなくていいのですか?」


 同時にセペンティアが、鋭い牙を剝き出しにして僕に飛び掛かってきた。


 僕は目の前のそれを後回しにして、エマの魔法にバフをかけた。


 エマは敵を睨みつけ、静かに魔法の力を高めていく。


 僕の身体はセペンティアにより高く吹き飛ばされたが、宙でも集中を崩さずバフをかけ続ける。


 やがてエマの魔力は、空をも撃ち落とすほどの巨大なエネルギーになっていく。


 僕の身体は落下し、ごろごろと転がっていた。


 エマはその巨大なエネルギーを剣先に収束させる。


「戦いに感情は不純ですよ。

 怒りに狂った今のあなたは不様です。」


 

 余計なお世話だ!

 


 僕は怒りに任せてさらに力を込めた。



「エマ!撃て!!!」


 僕が叫ぶのと同時に、エマの剣先から青白い虎が跳躍した。


 その刹那「それ」の身体が動きを見せた。


 こちらになにかを投げよこすような動作だ。



 しかし、なにかが起こることはなく、エマの虎は対象を痕跡も残さず消滅させた。横にいたオーガにもかすめたらしい。左半身をけし飛ばされたオーガの、残り半分が、その場に崩れ落ちた。


「え?」


 エマは自分の放った魔法の威力に放心している。


「やったのか?」


 僕は事態の把握に努めた。


 あたりに不審な気配はない。

 僕たちは勝利したのだろう。


 あまりにもあっけない幕切れだった。



 エマの魔法はそれだけ常軌を逸していた。

 森が数十mにわたり削り取られている。


 幸運にも存在をこの世に残したモンスターたちは、一目散に逃げ去った。



 その時、ふぅわりと放物線を描いて、物体が飛んできた。


 あいつが最後に投げた何かだ。


 それはエマの足元に落ち、転がった。ほんのりと白色の光を放つ半透明の結晶で、拾うとひんやりとした感触が手に伝わってくる。よく見ると結晶自体から微かに霧が立ち上り、儚く美しい。


 これが何なのか、よくわからない。


 あいつは攻撃を受ける間際、避けようともせず、最後にこれを投げよこした。これは僕たちに対する攻撃だろうか。そうならば、爆発でもするのか。それとも魔法的な効果が込められているのか。しかし、この結晶を見ているととてもそうは思えない。なにか神聖なもののような気までする。


 あいつは本当に消滅したのか。あれは、オーガロードだったのか。それとも異質な別のモンスターであったのだろうか。


「リュウは大丈夫だろうか?」


 エマの言葉に思考を中断する。そうだ。今は仲間の待っている洞窟に戻らないといけない。




 僕たちは再び、洞窟に入っていった。


 リュウ!!


 僕とエマは歓喜の声を上げた。


 リュウの意識が戻っている。


 ばかりか、リュウは自分の両足で地面を踏みしめ、立ち上がっていた。少し、顔色は悪く見えるが、もう命の心配はなさそうだ。僕とグレースの作った回復薬は、どうやら伝説的な薬に匹敵する逸品になったらしい。僕がグレースを見やると、グレースはその瞳を涙で潤ませ、僕に向かって親指を立てた。


 リュウの身体がぐらとバランスを崩しかけた。


 リゼットが助け、そのまま肩を貸す。


 戦いは終わった。


 僕たちは互いに健闘を称えあい、帰路につこうとした。


「え?なに?なに?」


 突然、グレースが驚きの声を上げる。洞窟の奥のほうから、黒の瘴気が僕を目掛けて吸い寄せられてきているという。本当だ。注意してみると僕にも感じられる。身構えてはみたものの、どうしたらいいかわからない。


 僕に向かって集まってきた瘴気は、正確には僕にではなく、僕の右手。僕の右手に持たれている結晶に向かって吸い寄せられているようである。そしてそのまま結晶に吸い込まれて浄化されていくようだ。


 そのうちに、結晶のほうも黒い瘴気に吸い寄せられるように、洞窟の奥のほうへ僕をひっぱる。たどり着いたのは瘴気が湧き出ていたさっきの穴だ。結晶の意思に任せるように、僕はその結晶を瘴気の吹き出る穴へ投げ込んだ。


 しばらくすると鬱屈していた瘴気が晴れていき、洞窟中が清々しい空気に洗われた。


「もしかして、今のが…。」


 エマが気づいたように呟く。



 霧の結晶か!



 エマが故郷を救うために、これから探すはずだった霧の結晶が今、僕の手の中にあったのかもしれない。穴に投げ入れたのは間違いだったのだろうか。


 エマは僕の心を見透かしたように言う。


「この結晶は、これでよかった気がする。

 この森を捨て置いて、結晶だけ故郷へのお土産にするわけにもいかないしな。」


 

 確かにそうだろう。僕たちは【霧の結晶】の存在を確認することができた。それは、エマの故郷が救われる未来が確認されたということである。謎は残るばかりだが、同時に未来への道筋も見えた。



 僕たちは今度こそ帰路につく。




☆☆☆



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