第30話 僕たちの覚悟
右足が無くなった。
リュウはバランスを崩しながらもなんとか着地する。残された足で地面をけり、数m後ろに飛び下がって転がった。
痛みというのは恐怖で相殺されるらしい。
この瞬間が唯一の機会であったと思われる。敵との距離をいかして、アイテムで回復することができていれば。僕とグレースの合作したアイテムは、彼の足を瞬時に直したことだろう。
しかしそのアイテムが、悲しいことに彼の手元にはない。
オーガはそのままリュウの頭を踏みつぶそうと、走り来た。そして下手なダンスを舞うように、オーガはリュウを目掛けて、何度も足を無骨に振り下ろし続けている。リュウはなんとか身体を躱し、致命傷を逃れているが、HPが尽きてさすがにぐったりしている。
この時、僕たち4人は最初の場所に戻り、リュウの居場所を探すために視線を這わせたところであった。
「あ、あそこ!」
1番に見つけたのはグレースだ。
「リュウが死んじゃう!」
僕たちはその光景と、その場所までの距離に、明らかに彼の死を予感した。しかし、なぜかそうはならなかった。オーガはボロボロになったリュウを肩に抱え、奥の岸壁に戻り始めた。僕たちはなにも考えられず、リュウを追いかけようとした。
そのとき、僕たちはさらに信じられない光景を目にする。
僕たちの行く手を塞ぐように5・6匹のセペンティアが現れたのだ。
明らかに組織的に統率された動きだ。
それも、オーガとセペンティアという異種族の上位モンスター同士が、だ。
僕たちは混乱することで少し冷静になった。
いったん数十m引き下がる。考えてみれば、バフもスピード特化のままである。このまま感情のまま突撃していたら、どうなったことか。本当に危なかった。セペンティアはその場を守っているだけで、追いかけてはこない。
「アキラ、どうする?」
エマがすでに覚悟を決めた顔で、僕に決断の一言を迫ってくる。
「んふぁ。助けに行かなきゃ!」
思いはもちろん皆同じである。
「でも、奥にはきっとオークロードがいるわ。
それはどうする?」
グレースは、だから諦めようといっているのではない。オークロードという人類の未知をどう討伐するのか、僕から作戦をひきだそうとしているのだ。エマが言う。
「ん。落ち着こう。
目的はリュウの奪還。
必ずしも戦闘が目的ではない。」
「そうね。焦っても駄目よね。
でも、戦わずに奪還するって可能かしら。」
グレースの言葉にリゼットが答える。
「夜中まで待って、忍び込む?」
「それまでリュウが生かされているかしら。」
「それもあるが、そもそもセペンティアは夜行性だ。」
議論が煮詰まると、やっぱり3人は僕を見た。自分たちが冷静でないことには気づいている。それでも、ここから冷静にたどり着く道がどこにあるのか見当がつかない。当然だ。冷静になれないからこそ、冷静ではない状態なのだ。そして、僕の冷静な判断を心から信頼し、待ち望んでくれているのがわかる。
僕は昔、自分の持ち味は冷静さだと思っていた。それをいかしてパーティの役に立ちたいと考えていた。僕の冷静な判断がパーティの作戦を決めていく。その作戦に従い、メンバーそれぞれが力を尽くす。そんなパーティ、そんなパーティでの自分のあり方を夢想していたんだ。
そんな僕にグレースは言った。
僕は、感情に正直で、わかりやすい奴だって。
あれからまだ1年ちょっとしか経っていないのか。僕たちはいつのまにかBランクパーティになった。ギルドが手に負えない案件に、独自の判断で挑んでいる。もう僕は、あの時の何もできないアキラじゃない。自分でも本当に成長したと思う。
「リュウを取り戻すよ。
大丈夫、よく聞いて。
忍び込んでこっそり助け出す?
…とんでもない。
あいつら全員、皆殺しだあぁぁぁぁ!!!!!!」
僕は感情のまま叫んでいた。幼馴染の生命の危険という初めての経験に、冷静でいられる訳がなかった。頭の中にかろうじて残った理性が、「ごめんね、みんな。」と言っている。
皆殺しだあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!
メンバー全員の魂が、声を媒体にしてシンクロした。まさしく魂の咆哮という奴だ。これがエヴァルブハーツの行きついた先!僕たちの心意気だ!
「いいかな、みんな。
僕がこれから、自分も知らないくらいの限界のバフをみんなにかける。出し惜しみはなしだ。
そしたらみんな、あとは自由!
目の前の敵を倒して、傷ついたら自分で回復して、仲間を守って敵を倒す!
リュウを助けて敵を倒す!オーガロード倒す!
冒険者の本能を開放しろ!!!!!!」
おおおぉぉぉぉぉぉぉ!
僕は頭の血管が切れるってくらい力を入れて、このかけがえのない仲間たちにバフをかけた。
さあ、行こう!
僕は真っ先に、岩壁に向かって走り出した。
☆☆☆
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