第29話 新たな脅威とリュウの危機
森の最深部といえばこの辺りになるだろうか。
鬱蒼とした森の中に、突然険しい岩場が現れた。息を潜めて様子を疑う。
高くそびえる木々の間から漏れる光が、岩の表面に淡い影を作り出し、巨大な美術品のように佇んでいる。よく見ると岩場が複雑に入り組み、切り立った崖は自然が生んだ要塞のようにも見える。崖の頂はところどころに苔やツタが絡みついていた。
オーガだ!
岩陰に屈強な体格を誇るオーガが見えた。
「あんなにいっぱい…。」
グレースが驚くのも無理はない。
普通、オーガーは3体以上の群れを成さない。Aランクモンスターであるオーガは、それぞれの個体が非常に強力だ。そのためであろうか、彼らには家族という概念すら希薄である。男女の番は刹那的であり、お互いにとって都合のいい時だけ行動を共にする。
繁殖自体が稀なことだが、たまに生まれた子どもは、すでに強い。ある時期までは母親、あるいは父親の後をついて過ごすのではあるが、人間の価値観を通し見て、彼らの間に親子の絆のようなものを見つけるのは難しい。子どもはそのうち我執を深め、気が付けば親から離れている。
簡単に言うと、彼らは気分屋で個人主義。1体ずつがすごく強いから、自然界にそれが許されているってこと。
そのオーガが群れをなしているのだから、ただ事ではない。目を凝らすと、あちらの岩肌にも、こちらにも、全部で30ほどはいるだろうか。
「まさか上位種が?」
エマが呟く。
オーガが徒党を組むなど、そんな事態は上位種の存在なくして考えられない。しかし、オーガの上位種となるとオーガロードか。
それはさすがに洒落にならないな。
立ち尽くしていると、地面を這う微かな音が耳に届く。そしてさらに衝撃的な光景を目にすることとなった。そこには岩の間をくねりながら進むセペンティアの群れがあったのだ。滑らかな鱗が光を反射し、岩の隙間や洞窟に消えたり、また現れたりしている。
目を疑った。
まさに異質な2つの勢力が不思議と共存している光景に、だ。強大な力を誇るオーガと素早く狡猾なセペンティアは互いの存在を明らかに認めながらも、敵対行動をとっていない。
通常は考えられない。
僕たちはこの異常事態をギルドに伝えなければならない。
それがマストだ。
では、今日はここで切り上げて街に帰るのか。
それは少しもったいない気がする。
僕たちは話し合い、この要塞を奇襲することにした。
殲滅が目的ではない。
戦力を少しでも削れたらもちろんいい。
だけど、何よりも戦力を測りたい。
身体をはって敵の脅威を測り、事態とともに生きた情報を持ち帰るのが冒険者の本懐だろう。
「いいかな。その大木の近くにいるオーガを狙う。ちょうど単独行動をしているようだしね。もしも近くのセペンティアが襲ってきても無視でいい。セペンティアの戦力はもう大体わかっているから。」
僕はみんなにバフをかけた後は、戦闘に加わらない。戦況を判断できる位置に移動して、みんなに指示を出したいと思う。
「僕は戦闘には役立たずだし、少し偉そうな役目をさせてもらうけどごめんね。」
なにか言いかけたリュウが、僕の言葉を受けていったん口を閉じる。
「わかった。みんな、指示役の言葉は絶対だぞ!
これは戦術の話だ。
その役を担うのが誰というのは関係ない。」
エマはリュウを諭すように話を先に促す。
多分、1匹倒したところですぐに撤退する可能性が1番高い。ともかく、撤退を決めたら、僕はみんなに合図を出した後、すぐにスピード特化のバフに切り替える。そしたら、みんなは直ちにこの場所に戻って、全員が揃った時点で撤退だ。
僕はみんなにバフをかけた。
「さあ行こう!」
突然、オーガに複数の矢が降り注いだ。
これだけのバフをかけたら、リゼットの矢もさすがに効く。
オーガが発狂の叫びをあげ、目を剝き開いたときにはいつの間にかその目の前に重戦士がいる。そいつに棍棒を振り上げる。が、その瞬間、ふくらはぎがピリと痛み身体が傾く。回り込んだエマが腱を断ったのだ。リュウがジャンプして首を横から薙ぎ払う。剣は首の3分の1程まで深く切り入り致命傷を与えた。
ここで直ちに戦闘が終わっていれば、2体目の討伐に気持ちが向いたかもしれない。勝負はついているにもかかわらず、戦闘はすぐに終わらない。オーガは目の前の宙に浮いている剣の持ち主に、反射的に嚙みつこうとした。遅れて両手が、敵を鷲掴みにするために左右から挟みかかってくる。リュウは咄嗟の守りが機能して、肝を冷しながら地面に辿り着いた。すさまじい闘争本能だ。
エマはオーガの背中から、みぞおちに向かって剣を突き入れ、同時に温存したはずの魔法を解き放った。胴に大穴を空けたオーガはやっとその場に倒れこむ。瞬間、エマは冷静にその肉塊をバッグにしまった。
2体目。
そう言ったのは、その場にそれがいたからだ。大木が陰になって、さっきの作戦中にはそのもう1体が見えていなかったのだ。オーガのタフネスぶりはすでに目の当たりにした。油断したらまずい。
撤退だ。
僕は判断を下した。
作戦通り、僕はメンバーへのバフを切り替え、自分の移動を開始する。すぐにエマが戻ってきた。グレースとリゼットは最初から待機している。後はリュウが戻れば、撤退戦に移る。
悪い予感がした。
自分で止めを刺せなかったリュウの心は、撤退に動かなかった。もとより僕のバフを軽視していたこともある。片方の口角を少し上げることで僕の指示をかわし、目の前の「もう1体」に切りかかった。
せめてスピードを生かした戦いを選択していれば。
リュウは蛮勇そのままに、正面から高く飛び跳ねてオーガを袈裟に切ろうとした。が、逡巡の間などなく、すでにスイングが始まっていた棍棒の軌道に、自ら身を置く結果となった。
棍棒はリュウに直撃し、リュウの片足は消し飛んだ。
☆☆☆
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