第22話 血まみれリゼット
サドリッジに辿り着いたとき、僕たちを出迎えたのは荒れ果てた風景だった。広がる大規模な農地には丁寧に耕された跡があり、かつて整然と実っていたのであろう農作物は醜く喰い散らかされていた。枯れ果てた植物のつるが風に揺れてる。
「これは酷いな。」
エマは沈痛な表情を浮かべている。似た境遇にある故郷を思っているのかもしれない。
畑の一角では、スティンバニーやアクティブラットが残された作物に群がり、その鋭い牙を全く必要としないような、やわな餌を黙々と嚙み砕いていた。彼らは訪問者の存在に気付いても、特に警戒する様子はなく、まるで自分たちのテリトリーであるかのように悠然と振舞っている。
「さて、これからどうする?」
リュウが誰にともなく問いかける。
「とりあえず、家屋のほうも見に行かない?
そこに拠点が作れれば活動しやすくなるし。」
グレースが提案した。
「あ、ちょっと待ってね。」
そういうと僕は、状態がマシな畑を数枚選んで付与術をかけて回った。今、不意のインスピレーションがあって、ちょっとしたお試しだ。
「何をしてたんだ?」
待たされたことに対する苛立ちを隠さず、リュウが問い詰めてくる。
「ごめん。いつものおまじないだよ。」
僕は言葉を濁した。
「とうとう畑にまでおまじないときたか。
リゼット、気をつけろよ。
こいつは怪しげなことを言って、そのうち俺たちにも変なアイテムを売りつけてくれるかもしれないぞ。」
「んふぁ?」
変なアイテムとは、異次元バッグのことだろうか。
「まあまあ、このおまじないは今回の依頼にきっと役に立つよ。」
「はんっ!そんなこと言って、まだ食べられるもんがないか、みっともなく探してたんじゃねえのか?」
もちろんそれもある。どうしてみっともないのかよくわからない。
「じゃーん。正解!」
僕はリュックから、今収穫したばかりの比較的状態がマシな農作物を数点取りだして見せた。ほんとはその数倍はあるけど、異次元バッグのほうに収納してある。
「お前、俺が言わなきゃ独り占めしてただろ?」
「ハハハ。まさか。」
リュウの悪意は冗談として受け流し、僕たちは村の中心部へと向かった。荒廃がますます目立つようになっていく。生活感に溢れていたはずの通りは、今や静寂の住処となり、家屋は破壊され、ところどころに焦げた痕跡が残っている。
人の気配はまったくなく、サドリッジはこの短期間で完全な廃墟と化していた。いくつか残された建物もあり、中を覗いてみるが、当然そこにあるはずの人々の日常は消え失せている。
僕たちはそんな建物の1つを選んで拠点にすることにした。
しばらくここに泊まることになるので、掃除や簡単な修理をしておきたい。僕とグレースがその役になった。残りの3人、リュウとエマとリゼットは早速モンスターを狩りに行くようだ。経験の少ない、新人のリゼットは大丈夫だろうか。もちろん、彼女のクロスボウと防具には念入りに強化を付与しておいた。それからリュウには秘密で、リゼットにも異次元バッグを渡してある。クロスボウの矢をたくさん持ち運べるようになったと喜んでいた。それでもやっぱり心配だ。
「さあ、リュウがきっと大好物のスティンバニーを抱えて帰ってきてくれる。
それまでに僕たちも掃除を終わらせてしまおう。」
僕は不安をかき消すように、掃除に熱中しようとした。
「ねえねえ、さっき畑になにしてたの?」
「あれは土壌を活性化させて、作物の実りをよくする付与だよ。」
「すごーい!そんなことできるの?」
「わからないけど多分ね。急に確信するみたいに閃いちゃって。」
「あはは。変な言葉。
でもなんで今更、そんな付与をしたの?
野菜ができても、モンスターに食べられるだけだよ。」
「うん。ここに、食べ物があるうちは、モンスターはここから離れないと思って。」
「そうか!確かにあいつらが餌を食べ尽くして街に向かうのは困るもんね。」
集まった冒険者の数は200人近くいた。そのうち街を防衛するCランク以上の冒険者は50人くらいだったと思う。それに対して森からはぐれたモンスターは目算でおよそ2000体らしい。できるだけ各個撃破しておきたい。
この村の畑にベアはいなかった。すでに街に向かっている個体がいるはずだ。だけど本当に怖いのは小動物系のモンスター。彼らがヒステリックに集団行動を起こす時、人間はきっと敗北する。だから畑の餌は、まだしばらくは枯渇してもらったら困る。
「ねえ、アキラ最近変わったね。」
「え?どうしたの、急に。」
「ううん。あれから1年たったんだなって。」
本当に中身の濃い1年だった。
こんなに充実した冒険者生活が送れてるのは、グレースのおかげだ。
「そ、そうだね。
僕はこの1年、本当に楽しかった。
生きてるって実感できる最高の時間だった。
グレースたち仲間のおかげだよ。」
「仲間か…。」
「え?」
「ううん。なんでもない。
アキラ、最近本当にかっこよくなったよ。」
こんなとき、彼女を喜ばせる言葉を自然に言えるのがかっこいい男ってもんだろう。僕は今の状況を持て余し、こみ上げる嬉しみすら隠してしまっているダメ男だ。
その後は、2人とも黙々と作業をした。僕はただドキドキして話せないだけなんだけど、彼女が無言になったのはそんな僕に怒ったのだろうか。次の課題はメンタルへの強化付与を覚えることだな。心の中でくだらないジョークを呟く。
ガタン!
先ほど取り付けなおした扉が、勢いよく開いた。
「グレース!回復を頼む!」
リュウの手には、ぐったりと横たわったリゼットが抱えられていた。
顔面は血にまみれている。
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