第21話 或る村の滅亡

 リゼットがパーティに加入してから、2か月がすぎていた。いきなり、新人を連れて旅に出るわけにはいかないので、最初の1か月は何度か討伐依頼をこなした。リゼットの成長には目を見張るものがあった。


 本人の資質もそうだろうが、低レベルのまま、自分より数段強いモンスターを倒すとレベルは上がりやすいんだと思う。新人を育てるのに、高レベルの冒険者に同行させるのは効率のいい方法かもしれないな。


 そうこうしているうちに雨季が来た。この1か月は、雨が続いたので依頼は最低限しかこなしていない。


 この間、僕は商人に頼まれてたくさんの防具を強化した。これは割のいいバイトになる。日に金貨100枚を稼ぐ日もざらだ。僕のバフはますます強くなり、防具の値段は3倍にも4倍にも跳ね上がったからね。武器の強化をしてもよかったんだけど、それがどう使われるかわからないから止めておいた。防具だけでも十分な稼ぎになったよ。


 そろそろ雨季が明け、僕たちの旅立ちが近づいてきたと思っていたころ、冒険者の間に大きなニュースが走った。



「スタンビートが起こるかもしれない。」



 スタンビートとはモンスターの大量発生のことで、その原因は様々だ。報告によると、僕たちが前回調査したヴァルディアの森から、大量のモンスターが這い出し、なぜか森周辺を徘徊しているらしい。その様子は、森に帰りたくても帰れないという様相で、森の中にセペンティアが大量繁殖したのではないかと言われている。この予想

は言うまでもなく、僕たちの調査結果が大きく反映していた。


 セペンティアはBランクでも上位のモンスターだ。本来ヴァルディアの森には生息していなかったといわれている。まあ、あの森が最深部まで詳細に調査されたことはないので真相はわからない。ただ少なくとも、僕たちが前回遭遇した森の浅部や中間域にいるようなモンスターでないことは確からしい。あいつにかかったらミドルベアだって捕食対象だ。モンスターたちが森から追い出されるのも無理はない。


「そういえば以前も近くの村が襲われたって言ってたな。

 あの村、何てったっけ?」


「サドリッジって言うんだって。」


 僕は、さっき仕入れたばかりの知識でリュウに答えた。


 そのサドリッジ、大規模な農業を生業としている村なんだけど、最近は頻繁にモンスターが襲ってくるようになっていた。国は僕たちに調査依頼を出すと同時に、10数人のDランク冒険者に護衛依頼を出していた。



 その冒険者が全滅した。


「え?」

「どういうことだ?」


 グレースとエマが思わず声をあげる。どういうことも何も全滅したのだ。24時間体制で大きな村を守るには、冒険者の数が十分ではなかったのだろう。冒険者たちは徐々に疲労を溜めていき、思うように動けなくなっていた。それでも、個別に襲ってくるモンスターを撃破し続けたんだけど、ある夜、モンスターたちは力を合わせるという暴挙に出た。人間がモンスターに対して最も勝っているはずの点で出し抜かれたのだ。すべてのモンスターが一斉に襲撃してくる…まさに悪夢だ。


 モンスターもそれだけ必死だったのだろう。冒険者たちは成す術がなかったらしい。


「それで、サドリッジの村はどうなったの?」


「滅んだ。」


・・・。


 皆が息を飲む。


 正確には、半数以上の死傷者を出し、生き残った者は村を放棄したらしい。彼らは今、この街に避難してきている。


「くっ、そんなことが…。」


「でも、生き残った人たちがいてよかったわ。」


「んふぁ。この街まで逃げきれたらもう安心だね。」


 ところがそうでもない。それで、今回の緊急依頼なんだ。まず位置関係を考えてみて。僕は簡易地図を広げた。


 ヴァルディアの森からサドリッジを通ると、その延長線上にこの街がある。徘徊するモンスターたちが次に飢えた時には、この街を襲撃するかもしれない。今回の緊急依頼は、冒険者のランクに関わらず募集している。人数の上限もないようだ。


 この情報は、冒険者ギルドの外にはまだそれほど流布されていない。だけど上層部は、それだけ危機感を持って事に当たっている。僕たちだけじゃない、今、この食堂にいる冒険者たちは全員がこの街、リバークロフトを守るためにここにいるんだ。


 その時、ギルドの食堂の扉がゆっくりと開いた。


 ギルドマスターが受付のリディアを従えて入ってくる。ギルドの食堂は冒険者でごった返していたが、入り口近くに座っていた冒険者が、ギルマスのために席をあけた。ギルマスは厚みのある木製の椅子にドカッと腰を落とし、机に肘をつきながら、冒険者たちを見渡した。彼の顔にいつもの陽気さはない。リディアが壁に地図を貼る。そこには、ところどころ赤い印がつけられていた。モンスターの目撃証言のあった場所や、予想されるモンスターの進路などが細かく示されているようだ。


「みんな聞いてくれ。もう知っているとは思うが、この街、リバークロフトは今スタンビートの脅威に晒されている。今は森の周りにうろついているモンスターだが、いつ、この街に向かってくるかわからない。」


 そこでCランク以上の冒険者は、ギルマスの指揮の元、隊列を組んで街の防衛に当たる。こちらが完全に組織的な動きを求められるのに対して、Dランク以下の冒険者の動きは自由。この街とヴァルディアの森の間のどこかで、1体でも多くのモンスターを間引き、最終ラインの負担を減らすことが仕事になるという。

 

 なかなかうまい作戦だ。こちらは軍隊ではなく冒険者だ。ギルマスのような強烈なリーダーなくして、組織として機能的に動くことは不可能だろう。この街を守る高レベル冒険者は、命を懸けて壁になる。だけど、僕たちは逃げるのも自由。自分たちの判断で、自分たちの身を守りながら、モンスターの討伐に最善を尽くせということである。そっちのほうが力を発揮しやすいと思う。


「リュウ、いつ出発する?」


「あ?今すぐに決まってるだろうが。」


「荷物の準備は大丈夫かい?」


「なんとかなるだろ。お前たちこそどうなんだ?」


 僕たちには異次元バッグがあるので、実は常に準備万端である。


「大丈夫なんだな?出発だ!」


 僕たちのパーティが向かった先は、滅んでしまった村「サドリッジ」だった。

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